異なる世界

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「単刀直入に伺います。貴女は…


汐見小鳩さんですね」

鋭く小羽を見る安室、安室の持つ写真に目を大きく見開き驚愕している小羽。
真っ白いこの部屋には似つかない張り詰めた空気が流れていた。
安室の手に持っている写真にはあの夢の中で見た幼少期の小羽、小羽の両親に、金髪の少年が写っていた。

「……」

驚いたのは自分の情報がこの世界にあったことだ。
自分は幼少期と同じ世界に来れることが出来たのだと。

「何も言わないということは肯定…と取りますよ」
「……そう。偽名だってわかったんだ。探偵さんでも個人情報を調べることが出来るんだね」

皮肉を込めそう言えば、何故か彼は困ったように笑うだけ。
彼の持っていた写真を抜き取り、懐かしそうに見つめる。

「記憶喪失というのも嘘ですか」
「…そうだね」
「ならどうしてあの場所で怪我を負って倒れて…」
「この写真は何処で見つけたの。誰が持ってたの」

彼の言葉を遮って、身を乗り出す。
今はこの写真をどこで入手したのか。それさえわかれば金髪の少年の元にたどり着ける。
ズキリと鈍く傷口が痛むが、そんなものは気にならない。
布団から足を出し、ベットから抜け出す。

「待ってください!まだ動いては…!」
「一体誰から…!?…ぁっ!」

床についた足に力を入れた途端、身体中に痛みが走り身体が崩れ落ちる。
と思ったが、胸下に回る力強い腕に崩れ落ちること無く支えられていた。
頭上から聞こえてくる深い溜め息。

「……僕ですよ」
「え…?」

ベットに戻され、座らされた小羽…否、小鳩は食い入るように安室を見る。
ご丁寧に足に布団まで被せた安室は真剣な眼差しで小鳩を見つめていた。

「僕が持っていた写真ですよ」
「う…そ…、貴方が…れいにぃ…?」

恐る恐る呟いた言葉は震えていて、彼に触れるように手を伸ばせば彼に触れる前にギュッと包まれるように握りしめられた。
色んな感情が巡っているのか複雑な表情を浮かべていた彼は、小鳩を見つめ柔らかく微笑んだ。

「…僕が降谷零だよ。馬鹿小鳩」

手に持っていた写真が小鳩の膝の上に落ちた。
数年越しに二人は再会を果たしていたのだった。


―――…・


落ち着いた小鳩にホッと安室―零は安堵の息を吐いた。

「本当は言うつもりなかったんだけどね…」
「え…?」

首を傾げ、苦笑する彼を見る。
言うつもりはなかったとはどういう事だ、と目で訴えると零はフッと笑みを漏らす。

「僕の正体。言わないと小鳩無茶しそうだったから、つい言ってしまったよ」
「……もう一度だけでも会いたかったの。夢の中じゃなくて…」

会いたかったと言われ、照れくさそうに頭を掻く零に小鳩は気づかぬままボソリと呟く。
夢?、と不思議そうに目を瞬く零に小鳩は眠っている間に見た夢を教えた。
と、言っても両親や過去の零にあったという部分だけだが。
現実で会えて良かったと声を漏らす小鳩に零は笑みを浮かべ、小鳩から視線を逸した。

「まさか探していた人が近くにいるなんてね…」
「…ずっと探していてくれたの?」

ボソリと呟いた零の言葉を拾い上げた小鳩は目を丸くして見つめる。

「探してたよ、小鳩が居なくなって数年間はね。でも見つからなくて諦めてた。その写真を最近見つけて思い出したんだよ」
「見つけることなんて出来ないよ。この世界に居なかったんだから」

小鳩の手にある写真を懐かしく見つめていた零は、そうなんだ…と呟き、バッと勢い良く小鳩を見た。

「はあ!?この世界に居なかった!?」
「此処病院だよ」

驚愕する彼に冷静に注意すれば、ハッと冷静を取り戻し、ごめんと謝る。
彼の叫んだ声に看護師が何事かと入ってこないことを二人で確認し、零は声を潜める。

「この世界に居なかったってどういう…?」
「元々この世界の人じゃないよ。聞いてなかったの?異世界から逃げてきたの。それより零さんなんか口調変わってない?」

敬語も無くなってるし、と付け加えればそれならと彼も口を開く。

「小鳩も饒舌になってるじゃないか。あんなに口数少なかったのに」
「そ、それは貴方に迷惑かけたくなくて…って、私の事ばかりじゃない。零さんの事教えて」

ムスッと頬を膨らまし睨みつければそれは後で話すと言われ話は戻されてしまった。
膨らました頬を潰され、ニヤリと笑われる。
その顔は幼少期の表情と一緒で、やっぱり彼は変わっていないんだなと胸の内で思った。
彼のことが気になるのだが、仕方なく話を続ける。

「私のお父さん、瞬間移動のアリスを持っているの」
「瞬間移動!?…“アリス”?」

両親は零の両親にだけ事情を話して、小さかった零には教えなかったのだなと何も知らない彼を見て思う。
彼に教えてもいいだろうとアリスについて説明する。
“アリス”とはこの世界でいう特殊能力といえばわかるだろうか。
まさにゲームに出てくるような火を扱う能力、水を使う能力。
浮遊できる能力や幻覚の能力。
中には発明の能力やフェロモンを操って魅力させる能力がある。
アリスとは役に立つものから一発芸のようなものまであるのだ。
そのアリスを持つ父は瞬間移動のアリスを。

「お父さんのアリスは異世界を渡れるまでの力を持っていたの」
「逃げてきた世界になんで戻ったんだ?」
「最後の墓参りとして戻ったの。あの世界にはもう戻りつもりなんてなかったから」
「ならなんで向こうに戻った後にすぐに戻ってこなかったんだ?」
「覚えてない?私達が貴方の両親に救われた時、お父さんは長い間ベットに居たでしょ」
「…そういえば、そうだったね。…!それはそのアリスの力のせいで?」
「そう。大きな力を使うには代償が生まれる。でもそれだけじゃないの」

思い出すのは視界に広がる鮮血。
苦虫を潰したかのように顔を歪めた小鳩は俯く。

「戻った瞬間にね、逃げていた奴らが居たの…」
「……小鳩。もうわかった。それ以上は…」
「……両親が私を庇って死んだの」
「……」

止める声を無視して告げた。黙っていたって結局はわかることだから。
あの時の光景は忘れるわけがない、歯を食いしばり手に力が入る。
何度、あの時に戻れればと後悔しただろうか。
過ぎていく時に抗うことなどできず、自在に操れるようになったアリスを見てはあの時の無力だった自分を何度も憎んだ。
手のひらに爪が食い込むまで握りしめる小鳩の青白い手に褐色の大きな手が被さった。

「小鳩を命に変えてでも守りたかった。無事に生きていてくれることが小鳩のお父さんとお母さんの望みだったんだろ」

顔を見上げ零を見る。彼は辛そうに、でもそれを隠すように微笑んでいた。
彼の言葉は夢の中で言われた両親の言葉を思い出した。

―貴女はこっちに来てはいけないよ
―自由に生きろ小鳩。お父さんとお母さんの分も

…そのとおりだね。
重ねられた手から手を抜き、服の中に入れていたネックレスを取り出す。

「うん、ずっと守られてる。このアリスストーンを通じて」

窓から差し込む光で輝く薄緑色の透明な小さな石と水色の雫型の石。
それ、大切に持ってるねと不思議そうにネックレスを見る彼に勿論とばかりに頷く。

「これはね、アリスの力を結晶化したものなの」

アリスの力を安定して使えるものが作り出せる石。それがアリスストーン。
石の色や形はその人の性格やアリスの性能を反映したような色になる。その人だけの石なのだ。
石の使い方は自由で、小鳩のようにお守りのように持ったり能力を使うことが出来る。
能力を使うたびに石は色が薄く、小さくなっていく。

「お父さんから貰ったアリスストーンが私をあの世界からこの世界に連れてきてくれた」
「だから色を無くし、そんなに小さくなったんだ。…もう向こうの世界に戻らないよね?」
「それほどの力はもうこのアリスストーンには無いから。…戻れと言われたって戻らないよ」

揺れ動く小さな粒の石は隣にある水色の雫型の石にまるで寄り添うようにその存在を主張していた。

「水色のそれはお母さんのかい?」
「そうだよ。お母さんのアリスは氷のアリス」

氷と言われ思い当たることがあったのか、零は目を見開いて小鳩を見ていた。
注がれるように水色のアリスストーンを見る彼。

「あの誘拐犯にその力を使ったのか」
「それはこれじゃない。同じアリスを持ってるの」

私自身のアリス。

驚愕している彼に教える。
アリスは子に遺伝すると。母と同じ氷のアリスを小鳩は持っていた。
あの時、誘拐犯の両手に鋭い氷を投げつけたのはいいが、気を失ったために消すのを忘れていた。
不自然に転がる血の付いた氷柱に警察は不思議に思っただろう。
人口で作らない限り、今の時期じゃ氷柱なんてないのだから。
手のひらに作り上げた氷の塊を彼に見せれば、驚愕し興味深そうに氷を見ていた。

「…魔法使い。確かにそうみたいだ。あの子に見せたんだね」
「やむを得ない状態だったから。手足縛られていて縄を切るのに使ったら丁度見られてね」

まだ小さい子供だったし、大人になれば記憶も混雑する。
きっとマジシャンだったんだなと思うようになるだろう。
氷の塊を砕き消せば、それもアリスストーンかと小鳩の耳に付けているイヤーカフに視線を向けられる。
イヤーカフに手をやった小鳩は頷くが、もう1つ役目があると付け足す。

「制御イヤーカフ」
「制御…?」
「そう。アリスを制御する物なの」

危険なアリスや周囲に影響を与えるアリスを持つ者は制御アイテムを持つことになっている。
身につけるだけで通常の使用するアリスよりも弱いアリスしか使えない。
アリスを持つ幼い子は暴走しないようにと付けられるのだが、きっと小鳩の父と母もそう思って小鳩に制御イヤーカフを渡したのだろう。
小鳩のためこの制御イヤーカフを作り、肌身離さず持っていなさいと言っていた。

「外しても大丈夫なのか?」
「うん。アリスを使わない限り外しても大丈夫」

今ではアリスも自在に操れるし、大きい力も使うことはない。この制御イヤーカフは今じゃ両親の形見である普通のイヤーカフ同然の物だ。
イヤーカフから手を離すと両肩を力強く掴まれた。瞬き零を見れば真剣な顔をしていて。

「これからはアリスを使ってはいけないよ。見つかれば君は…」
「…わかっている。だから今まで使わなった。これを見せたのもあの少女と貴方だけだよ」

そこまで自分は抜けていない。捕まって解剖されたら堪ったもんじゃない。
言葉を詰まらせ、心配そうに見つめる彼を安心させるよう、肩に置かれた手を掴み目を細める。

「大丈夫だから」

心は凄く穏やかな気分で。
穴が空くんじゃないか思うほど見てくる零に小さく首を傾げれば、彼は勢い良く顔を逸し、手で口元を抑えていた。
目をパチクリさせその様子を何事かと見ていると、ボソリと呟く声が彼から漏れるがそれは聞こえなかった。
耳を赤くする彼を不思議に見つめていると扉が開き看護婦が入ってきた。
小鳩と零の様子に首を傾げたが、定期検査と言うことで零は廊下に追い出された。
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