□通りすがりの20.5
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「この里に来て、もう二週間程経ってるなんてな。」

コトリ、と猪口を置いて藍が呟いた。
どこか遠くでも見ているように、ボンヤリと眼下に広がる里を眺めている。
普段の悪戯っ子のような雰囲気も、不敵な印象も今は息を潜めていた。
こうして見るとごく普通の気怠げな三十路男性に見える。
向かいで同じ様に景色を眺めながら、シーも猪口に口を付けていた。
藍の言葉を頭の中で反芻し、やがて答えた。

「だいぶあんたも慣れてきたんじゃないか?」
「ああ、だいぶ。ガキ共に懐かれちまった。」
「オモイから聞いた。川で石投げを教えてもらったと。」
「・・あの白髪少年、本当お前に何でも打ち明けちまうのな。」

苦笑を溢して彼が笑う。
そうでもない、と言う意味を込めてシーも肩をすくめてみせた。
そして改めて自分達が今いる場所を見回してみる。
静かな座敷だ。
テーブルが二つ置かれ、それぞれの畳に四つ座布団が敷かれている。
そしてそれぞれに赤い番傘が差して立ててある。
天井はなく、外の景色を一望出来るように造られていた。
全体的に落ち着く事が出来る雰囲気の店だった。
そして料理も安い。
純粋に感心してシーは呟いた。

「こんな隠れた場所をよく見つけれたな。」
「何、穴場探しは得意なんでね。」
「一種の才能って奴か。」
「そこまで大した事じゃねえよ。好奇心旺盛なだけだ。」

藍曰くぶらぶらと街を散策している時に見つけたのだと言う。
景観も良し、値段も良し。
留まる場所もなく彷徨う生活をしていると、自然とこうした場所を見つける眼も育つのかも知れない。
この二週間程の間に、彼は幾つもの「穴場」を見つけたらしい。
安く物を提供してくれる店。
喧噪から外れた静かな場所。
眺めの良い場所。
指折りでそれらを挙げる彼は無邪気に笑っていた。
純粋にこの里で過ごす日々を楽しんでいる、そんな表情だった。

「他所に来てここまで何かを堪能するってのは、何せ久々だからな。」

そう言うと再び彼は酒を煽った。
そして再び暮れていく里の街並みに視線を戻す。
やはりどこか遠い目をしていた。
考え事をしているような、そんな目だ。
どこか哀愁さすら感じ取れる。
再び彼が口を開いた。

「・・ここにいると、昔の事が嘘みたいに思えてくる。」

ポツリと呟かれたその言葉にシーは手を止めた。
黙って藍の表情に浮かぶ物を読み取ろうとする。
どこか物哀しげな憂いがそこにはあった。

「昔?」
「ああ。里にいた時の事だよ。」
「・・里が恋しくなった事は?」
「・・ねえな。いや、ねえって言うと嘘になるが。」

ガシガシと天色の髪を掻き分けて藍が続ける。

「心残りが一つだけ・・あるっちゃある。」

ゆっくりと猪口をテーブルに置き、相手を見つめる。
藍もこちらに視線を向けた。
灰色の瞳は少し翳りを宿していた。
何かを思い出しているような、そんな顔だ。
彼が言う。

「親友がいたんだ。俺と同じ感知タイプの奴で。」

親友。
感知タイプ。
黙ってシーは先を促した。

「俺が里を抜ける時、そいつだけが引き留めようとしてくれた。でも俺は・・・。」
「その人の制止を振り切って里を出た。違うか。」
「どんぴしゃだ。まさにその通り。」

苦笑を浮かべて彼が言う。
「分かってるじゃないか」、とでも言いたげに。
過去を悔んでいるような、そんな翳りが彼の顔に見えた。

「・・最近ここに落ち着くようになって、その時の事を思い出すようになったんだよ。あいつと一緒にいた時の事も。」
「・・・。」
「ここが・・俺のいた里と全然違うから、なんだろな。」

蔑むような響きがその言葉にはあった。
やがて彼がこちらに視線を戻す。
再び彼は口を開いた。

「初めてだ。里が居心地良いって思えるのは。」
「・・・。」
「お前も、感じてるんだろ。この里が心地良いってよ。」

今度こそ本当の意味で固まった。
畳の上に置いた手が微かに強張る。
心地良い。
頭の中で繰り返した。
心地良い?
そう思っているのか?
一昔前まで敵視していたこの里を?
シーの揺らぎを読み取ったらしい。
鷹を思わせる目を細めて藍が続ける。

「図星って奴だな?」
「・・いや、俺は・・。」
「黙ってても伝わって来る。顔が綻んでるぜ。」

最初見た時よりも、解れた顔してやがる。
そう言うと彼は再び笑ってみせた。
猪口をテーブルに置き、膝を突いて景色に見入る。
肘を突いて遠くを眺めながら彼は続けた。

「ここは俺達感知タイプにとっちゃ、楽園みたいな里だ。」
「・・・。」
「差別もなし、諍いもなし、裏切りもなし。こんな場所があるなんて、思いもしなかった。」

━楽園、か。
それはシー自身も感じていた。
正直信じられなかった。
自里では散々詰られ、見下されてきたと言うのに。
木ノ葉の里では全くそんな目には遭わなかった。
むしろこちらの能力に感心を寄せる人が多かったのだ。
(ナルトやサクラ達を始め、大勢の相手がそうだった。)
それに何よりも感知タイプの忍の多さがあった。
ここまで多くの感知忍を携えている里は、ここ以外には存在しないに違いない。
そして里に暮らす人々の人柄も、雲とは違っていた。
決して明るくはないものの、落ち着いた穏やかさを持ち合わせている。
子供達も穏やかだ。
仲間外れもなく、無邪気に互いとじゃれ合っている。
子供にありがちな揉め事も少ないように思う。
自分の少年時代には考えられなかった事だった。
人間関係自体が戦いのような物だったからだ。
そうなったのも、全ては自分が感知タイプだったからだった。
ここではそれが何の抵抗もなく受け入れられ、当たり前のように迎えられる。
跳ね付けられる事に慣れ切っていた自分にとって、それは衝撃以外の何者でもなかった。
そんな風に接されたのは初めてだったのだ。
恐らくは藍もそうだったのだろう。
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