□通りすがりの19
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空は夕焼けに染まり掛けていた。
時刻は恐らく五時だろう。
縁側に座り、ボンヤリとシーは空を眺めていた。
その隣ではオモイが顔を腕の中に埋め、体育座りをして押し黙っている。
後輩はもうずっとこの姿勢を貫き通していた。
普段よく舐めている棒付き飴には珍しく手も付けていなかった。
目の前に広がる丁寧に整えられた庭にも見向きもしない。
正直自分も呑気に庭を眺める気分にはなれなかった。
あんな話を聞かされた後なのだ。
放心状態にならない訳がない。
ナルトから話を聞いて数十分程が経っていた。
彼から話を聞いた後、尚も納得がいかなかった為改めてザジに詳しい説明を求めたのだった。
ザジの声が再び脳裏に響く。

『十三年前に条約結ぶ為に、雲の忍頭が木ノ葉に来たって事は・・知ってるっスよね。』
『でもヒナタがそいつに誘拐され掛けて。
 それでその忍頭が宗家の当主に殺されて・・。』
『でも雲がそれを条約違反だって訴えてきたんです。
 雲はその時に宗家の当主の首をくれって条件を突き付けてきた。』

シノビガシラ。
ヒナタ。
ユウカイ。
トウシュノクビ。

『でもそれは雷影が白眼目当てで立てた策略で・・最初から雲は日向の血継限界を狙ってたんだって、そう先輩から聞かされてました。』
『それで分家の当主だったヒザシさんが、自分の首と引き換えに・・木ノ葉を守ってくれたって話っス。』

ライカゲ。
ビャクガン。
サクリャク。
ケッケイゲンカイ。
ギセイ。
言葉が頭の中を通り過ぎて行く。
木霊しては消えていく。
まだザジから聞いた話を受け止め切れてはいなかった。
あの雷影が。
あの部下思いで誰よりも里に尽力している彼が。
そんな事を。
━・・そんな事が、あったなんてな。
白眼。
誘拐。
策略。
そんな話一度だって聞いた事がない。
だが。
━その話ってのが本当なら――――。
そう。
その話が本当だとしたら。
全く話は違ってくる。
今までは自分達が被害者だと言い募っていた。
一方的に仲間を殺され、正当な要請も影武者を使うと言う卑怯な手で跳ね返されたのだと。
そう固く信じていた。
そう信じていたし教えられてきたのだ。
だが真相はどうなんだ?
血継限界を狙って仕組んだ策略。
理不尽な要請。
そんな事態があの純粋な人々が集まる一族に降り掛かったのだと言うのなら。
被害者なのはどちらだと言うのだろう。
━・・ああ、くそ。
駄目だ。
頭が混乱している。
思わず手で両目を覆った。
一体何が正しい?
自分達は何を知っていた?
正しかったのは――――。

「・・嘘、ですよね。」

ポツリと小さく言葉が呟かれた。
手を顔から離し、声の主に目を向ける。
オモイだ。
心ここにあらずと言った様子で彼は庭を見つめている。
再びオモイが続けた。

「嘘っスよね、シーさん。そんなの作り話っしょ。そうですよね。」
「オモイ・・・。」
「だって、そうっスよ。雷影様が・・あの人がそんな事する訳ないんだ。嘘に決まってる・・・。」
「・・・。」
「嘘だ・・嘘・・そんなの全部嘘だ嘘だ・・・ッ。」

再び彼が膝に顔を埋めた。
微かに肩を震わせている。
余りにも唐突で衝撃的な話にショックが拭えないのだろう。
雷影を心から純粋に慕い尊敬していた彼の事だ。
尚更受け止め切れないに違いない。
落ち着かせる為にオモイのまだ細い肩に手を置いた。
何度もトントンと軽く叩いてやると、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻したらしい。
震えがゆっくりと鎮まっていった。

「・・俺にも分からない。」

後輩の小さな肩に手を添えながら、シーも小さく囁いた。
情報がこんがらがっている。
日向の人々の主張とこちらの主張。
雷影や大人達から聞かされてきた話は所々が大きく抜け落ちてしまっている。
まるで知られたくない事実を隠すかのように。
そもそも『白眼事件』の話を持ち出す事すら雲の里ではタブーにされていたのだ。
それ自体がおかしい。
何故その事に疑問を持たなかったのか。
要するに自分達は。
そう考えを巡らせていた時だった。
━!

「・・シーさん、オモイ?」

背後から声がした。
おずおずと遠慮がちに話し掛けるような、微かに震える声だった。
同時に馴染みのあるチャクラも感じる事が出来た。
オモイの肩に手を添えたままゆっくりと振り返る。
驚くでもなく無表情でシーは呟いた。

「・・ザジ?」
「・・と、俺も一緒ですよ。」

心配げにこちらを見つめているザジ。
そしてその隣にはホヘトの姿があった。
思わず眉を吊り上げる。
何故この二人が。

「ホヘトさんまで・・・。どうされました。」

こちらの言葉に決まり悪そうにザジが切り出す。

「さっきの事でショックが大きかったんじゃないかって、心配になっちゃって・・・。」
「一人じゃ話し掛けにくいと言われて俺も同伴で来たんです。」
「・・そうでしたか。」

むくりとオモイが顔を上げ、ザジに視線を投げ掛けた。
何も映していない、ぼやけた瞳だった。
ザジの表情が微かに強張る。
絞り出すような声で彼が呟いた。

「オモイ・・・。」

ゆっくりとオモイが立ち上がり、ザジに近付いていく。
ザジの目の前まで近付き、彼の着流しの襟を力なく掴むと静かに呟いた。

「・・嘘、だろ。」
「・・・。」

ザジは何も言わない。
再びオモイが襟を握り締め、揺すりながら問い掛ける。

「嘘、なんだろ?」

沈黙。
ザジは黙り続けていた。
それが表わす答えはただ一つだ。
オモイの表情がさらに歪む。
襟を掴む手に力を加え、声を荒げた。

「なあ、いい加減何か言えよ!」
「・・・っ。」
「嘘って言えよ・・言ってくれよザジ・・・ッ。」

嗚咽に近い絞り出すような声で彼が呻く。
縋る様にザジの襟を掴んだまま顔を埋めた。
ザジの表情がすまなそうに歪んだ。
俯いて彼が呟く。

「・・ごめん。」
「何で謝るんだよ・・・っ、嘘って言ってくれよ、頼むから。」
「・・ごめん。」
「だから謝るなって・・・。」
「・・・。」

ザジは黙ったままだ。
それで全てを理解したのだろう。
あの話が本当にあった事なのだと。
その現実に、重圧に耐え切れなかったのかも知れない。
再びオモイが項垂れる。
呆然と魂が抜けてしまったかのように。
そのまま崩れるように彼は縁側にへたり込んだ。
両手で顔を覆い何度も首を振る。
ホヘトがその肩に手を置いて、宥めるように擦ってくれた。
彼にとってもオモイは後輩なのだ。
打ちひしがれた後輩の姿に放っておけなかったのだろう。
ホッと胸が温まるのを感じた。
彼にならオモイを任せても大丈夫だろう。
また一人、後輩は良い先輩に巡り会えたようだ。
オモイの肩を擦りながらホヘトがこちらに顔を向けた。
彼らしい落ち着いた声で言う。

「少し貴方と話したい事があるんです。場所を変えても構いませんか。」

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