□通りすがりの17.2
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急いで暗い夜道を歩く。
下駄が地面を蹴る音が鳴り響き、暗闇に消えて行く。
まだそれ程遅くなっていないといいが。
家で待つ皆に申し訳なく思いながら家路を急いだ。
早く、早く。
━急がないとっ。
少し時間が掛かってしまった。
理由は言うまでもない。
偶々寄り道を食ってしまったからだ。
脳裏に再び情景が甦る。
病院の入口で語らう二人の人影。
シーとあの隻眼の男。
どこか親しげに笑うシー。
そして楽しげに彼に話を聞かせるあの男。
再びあのモヤモヤとした感情が湧き上がった。
今度ははっきりと分かる。
それに気付いた途端、思わず己を嘲るような笑みが浮かんだ。
━俺も、つくづく嫌な奴だな。
自分はシーを同じ男性として好いている。
そしてそれとは反対に、あの男を生理的に嫌っている。
自分はあの二人が一緒にいるのを快く思っていないのだ。
何と一方的で汚ない感情だろう。
何故ここまでパックリと気持ちが分かれてしまうのか。
嫌でもそれは心に浮かんでくる。

『何故あのような男が。』
『何故彼の近くにいる?』
『何故シーは彼を拒絶しないのか?』
『何故よりによってあの二人なんだ。』

『何故あんな奴と。』

はたり、と足を止める。
そうか。
そうだ。
自分は。
━あの男性を、見下している。
「他所者だから。」
「薄汚いから。」
「教養のない、不躾な輩の一人だから。」
「ごろつきと変わらない低俗な輩だから。」
心で声が呟いている。
抑え込んでいる自分が。
もう一人の、影の自分が。

「・・ははっ・・・。」

嘲るような笑いが零れた。
そうだ。
自分は嫉妬している。
シーがあの男を受け入れている事に。
自分よりあの男といる時の方が打ち解けている事に。
あんな風に親友に見せるように笑っていた事に。
心が叫んでいる。
何故、何故。
何故自分ではなくあのどこの馬の骨かも分からない他所者なのか?

「・・最低、だな。」

最低だ。
低俗なのはどちらなのか。
どうやら自分は気付かない内に黒く染まってしまっていたらしい。
穢れた感情に。
妬みや恨み、憎しみと言った類の感情に。
同時に過去から声が囁き掛けてくる。

『白眼持ってる癖に、体術はあっけないなぁ!』
『能力で守られてるだけじゃ半人前だぜ。』
『成り損ない、宝の持ち腐れだよ、あの子は。』
『何であの子に、あんな優れた白眼が宿ったんだろうね・・・。』

ぎゅっと目を瞑った。
ああ、やめろやめろ。
やめてくれ。
分かってる。
分かってる。
自分が中途半端だと言う事は。
自分が一番分かっている。
━だから、他人を見下す事でしか。
常に周囲に目を配って。
自分よりも劣った人物を見つけては。
その相手を比べて、見下して、安堵して。
それで自分を保っていく事しか出来ない。
無意識の内に子供の自分が身に付けてしまった「自己防衛」だ。
今でもそれは根深く自分の心に浸透しているらしい。
再び笑いが零れた。
傑作だ。
何て汚ない。
何と卑しいのだろう。
何て自分は――――。

「『穢れているんだろう』。ってか?」

━!?
背後から突然聞こえた声に、反射的に振り返る。
誰もいない。
暗い路地が続いているだけだ。
思わず体が強張った。
何だ?
今のは誰だ?
自分の声?
咄嗟に構え、周囲に目を走らせる。
立ち並ぶ民家。
電柱。
それ以外は何も見えない。
と。

「覗き見とは随分と良い趣味だったなぁ。日向トクマさん?」

耳元で声がした。
ガバリと距離を取って振り返る。
長身の人物が目の前に立っていた。
水色の刈り込んだ髪。
鋭い眼光を放つ灰色の目。
左目を覆う眼帯。
奴だ。
構えを崩さないまま、じりじりとトクマは後ずさった。

「貴方・・何で、ここに。」

何故。
何故この男がここにいる。
こちらの警戒心を感じ取ったのだろう。
面白がるように彼が言う。

「さっきあんたのチャクラを感じてな。それで跡を追ってみたのさ。」
「・・良い趣味なのはどっちなんでしょうね?」
「さてね。俺はそんな事はどうでもいい。」

肩をすくめて藍が呟く。
さもどうでも良さそうな素振りだ。
それがまたこちらの感情を逆撫でする。
気が付けば口が動いていた。

「今度は何しに来た?またあの『冗談』とやらか?」
「おいおい、そこまで牙立てなくてもいいだろ。もうしねえよ。あの金髪さんに散々言われたからな。」
「じゃあ、何で俺の前に現れたんです。」

あからさまな嫌悪を滲ませて相手を睨み付ける。
ピクリと相手の肩が動いた気がした。
暫しの間。
やがて彼が切り込んでくる。
鋭い目に攻撃的な色が宿ったのが見えた。

「そう言うあんたは、何でこそこそ俺らを観察してたんだ?」

沈黙。
藍が腕を組み、こちらを見つめてくる。
灰色の瞳が鋭く光っていた。
暗闇の中でトクマは黙り込み、やがて口を開く。

「・・貴方がしてきた事を考えれば、あの人と二人でいる事に不安を感じるのは当たり前でしょう。」
「あー・・、まーだ根に持ってんのか?あいつはもうあっさり許してくれたぞ。」
「貴方は彼や俺達の後輩に手を出した。信用出来る筈がないでしょう。」

拳を握り締め、地面を見下ろした。
絞り出すように喉から声を出す。

「あの人は、優し過ぎる。どこの奴なのか分からない人物に気安く接するなんて。」

思わず声に力が入っていた。
自分でも驚く位に。
それ程自分は許せなかったのか。
シーがあの男と会っていた事が。
彼に質問した時、「何もない」と嘘をつかれた事が。
何もない?
大いに大きな事が起こっているじゃないか。
貴方はこの男と顔を合わせていたんじゃないか。
それに、親しげに話す仲にまでなっていたのだろう?
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