□通りすがりの17.8
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薄暗い部屋の中でダルイは天井を見つめていた。
時間は午前七時。
もうじきドアベルが鳴らされる筈だ。
開け放されたカーテンの向こう越しに覗く朝焼けを眺めながら、ボンヤリと時を数えていく。
鳥が数匹、鮮やかに染まる空を飛んで行くのが見えた。
暫くその飛び去って行く姿を眺め、やがて再び目覚まし時計に視線を戻す。
これでもう五度目になる。
時計盤を進んで行く分針はまだ少ししか進んでいない。
思わず深い溜息を漏らした。
内心で小さく呟く。
━まだ、かね。
早く。
早く。
早く来ないものか。
我ながら早く来てほしいと待ち焦がれている己の心を感じる事が出来た。
思わず苦笑を溢す。
それだけ自分は相方を渇望していると言う事なのだろう。
今相方である彼は遠く離れた火の国にいる。
彼とコンタクトを取るには、今の所限られた手段しかない。
それも結構それなりに時間が掛かってしまうやり方しかないのだ。
その返事を今、こうしてベッドで寝転んでひたすら待っている。

ごろりと寝返りを打ち、両手に後頭部を乗せて再び天井を見上げる。
もう何度もこれの繰り返しだった。
天井を眺め、寝返りを打って窓を眺める。
そして再び寝返りを打って、天井に視線を戻す。
部屋の電気は消している。
まだ朝早いからだ。
起き出す時間までまだ少しある。
無言のまま、ダルイは待ち続けていた。
心は上の空だ。
ぽっかりと空洞が開いているような、そんな表現がピッタリな感覚だった。
望む物はただ一つ。
相方からの、シーからの返事。
それがこちらの手元に届いてくれるだけで、自分の心は満たされるのだ。
━ったく、どこの乙女だよ俺は。
自分の女々しさに内心で突っ込みを入れる。
やはり自分はややそう言った軟い所があるらしい。
分かってはいても、相手の字で今の状況を知っておきたくなるのだ。
今どうしているのか。
どの位任務が進んでいるのか。
後どれ位任務に時間が掛かるのか。
負傷してはいないか(これは相方からもよく文で訊かれる。理由は言うまでもない)。
シーは逆にこう言った事には無頓着と言っていい。
少々疎過ぎると言っても過言ではないだろう。
こちらが文を出しても、返事が返って来るのは大概が数週間も経った後なのだ。
何かあったのかとこちらがハラハラしてきた頃になって、ケロリとした文調の無事と順調に任務が進んでいる事を伝える手紙が届くのだった。
その度にこう思ってしまう。
「俺の心配を返せ」と。
が、これはもう何度も経験している為今ではすっかり慣れた。
これがシーのスタイルなのだ。
任務の間はそれにひたすら没頭し、気が向いた時に文を送る。
彼にとって手紙と言う物はちょっとした近況報告のような物なのだ。
だから内容も結構素っ気ない物が多い。
それでも彼の文体で、彼の几帳面で丁寧な文字で書かれた手紙ならどんな内容でも嬉しく思えてくるものだ。
自分はそれを受け入れるまでだった。
こうした面を見ると、意外と自分よりも彼の方が男らしい大雑把さを持ち合わせていた。
自分の方が筆まめな方だ。
見た目には反するが。
意外な事にシーの方がこうした事には疎い。
あの整った顔で、真面目な性格で、仕事をきちんとこなす彼が、だ。
昔どうしてそこまで筆不精なのか、シー本人に訊いてみた事がある。
するとどんな返答が返って来たのか。
仕事や任務の事で熱中していて返事が遅れるから、と言うのが彼の言い分だった。

『別にどうと言う事はないだろ。何も一生の別れでもないしな。』

呆れ顔でそんな事を言っていたのを思い出す。
いかにも彼らしい言葉だった。
そうした粗野っぽい部分も含めて、自分は彼を好いているのだが。
━「愛は盲目」って奴か。
苦笑を溢して再び寝返りを打つ。
そう、シーであるならそんな一面すらも好感が持ててしまう。
例えどんな一面を見せようと、彼を想う気持ちは揺るがないだろう。
それだけ自分は彼の事が好きなのだ。
あの一騒動(霧を巻き込んでのシーの奪還任務の事だ)を経て、さらにそれを実感していた。

目を閉じて部屋の静寂に耳を傾ける。
時計の針が進むカチカチと言う音。
シーツの擦れる音。
それ以外は何も聞こえない。
やがて再び目を開けると、おもむろにダルイはベッドから起き上がった。
剥き出しになった褐色の胴体から、シーツがパサリと落ちる。
寝台から這い出し、そのまま真っ直ぐサイドテーブルに向かう。
机の引き出しを開けて一通の折り畳まれた手紙を抜き取った。
再びベッドに仰向けに横たわると、手紙を開いて目の前に翳した。
几帳面で丁寧な文字の羅列が並んでいる。
内容はこうだ。

 相変わらずこっちは病院で仕事漬けだ。
 言っとくがお前が心配している過労でぶっ倒れるような失態は絶対に起こすつもりはない。
 雷影様の顔に泥を塗る訳にはいかないだろう?
 それに、火影の手厚い気遣いの下で働かせてもらってる。
 心配は無用だ。
 お前もこっちの心配より自分の心配をしろ。
 俺が居ない間にでかい怪我でも負ってはないだろうな?
 こっちはむしろそれが心配で仕方がない。
 無茶はするなよ。                                 

どこのお母さんだよ。
思わず小さく噴き出す。
呆れ顔で話す相方の表情がありありと浮かんでくる。
全くお前って奴は。
フッと息で笑い、手紙の紙を指で撫でる。
シーの男にしては綺麗な字を指でなぞり、もう一度手紙を読み直した。
相方は元気にやっているらしい。
木ノ葉を毛嫌いしている彼の事だからどうなる事かと心配していたのだが。
どうやら大丈夫そうだ。
向こうにはナルトやシカマルと言った見知った顔が何人かいる。
子供に懐かれやすい相方の事だ。
きっと上手くやっている事だろう。
それに、感知タイプの後輩も出来たと手紙に書いてあった。
思った以上にシーは向こうに溶け込めているらしい。
その事にとにかく安堵を覚えた。
━遠方任務って聞くと、どうも不安になっちまうからな・・・。
あの事件のせいもあってか、彼が遠くへ出向く度に心配になってしまう。
まああの時の任務は今までで最も危険な任務だったのだが。
もうあのような任務が内密で相方に頼まれるような事は、二度とないだろう。
それにシーは医療感知忍ではあるが、決して弱く儚げな男ではない。
彼単体でも敵を蹴散らすには十分に強い。
ああ見えて今までも多くの暗殺任務をこなしてきた身なのだ。
何かあっても上手く切り抜けられるに違いない。
それに木ノ葉の里は安全な場所だ。
大きなごたごたに巻き込まれるような事はないに等しいだろう。
━無事に、終わるといいな。
目を閉じてそう願った。
相方が雲の里に帰って来るまで後一ヶ月程ある。
それまでは手紙を通じて彼とコンタクトを取ろう。
そして他里から彼を支える事にしよう。

再びパチリと目を開けた時、ドアベルが鳴った。
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