□通りすがりの18
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奇妙な気分だった。
この里に留まって日を重ねていき、目当ての物を手に入れる。
それだけの話になる筈だった。
目的が達成すればすぐに里を出て、再び放浪と逃亡の生活に戻る。
その筈だったのだ。
その筈だったのだが。

「・・何か、調子狂ってきたらしいな。」

空き部屋の窓から里の街並みを眺めながら、ポツリとそう溢した。
今は夜明け前だ。
もうじき空が朝焼けに染まり始める頃だろう。
紫掛かった空を見上げ、再び街に視線を戻す。
寝静まった里は本当に静かだった。
奇妙で不気味な静寂ではない。
もっと穏やかで平和な静けさだ。
青々と鮮やかに茂った森。
晴れ渡った空。
雲も霧も何も閉ざす物がない、開かれた場所。
ここはあの自分がいた里とは大違いだ。
霧の里はじめじめとしていて、陰湿な場所だった。
常に湿気に満ちていて、空が晴れ渡る事などほとんどないに等しい。
雨の日は最悪と言っていいだろう。
あの里が、とにかく自分は大嫌いだった。
雲の里は割と好きになれたものの、それでもあまり晴れた空を見る事はなかったように思う。
まるで何かを閉じ込めるベールか何かのように、雲が里の上空を蠢き、漂いながら空を取り囲んでいた。
シーはあの場所でずっと生きてきたのだ。
籠の鳥のような思いで。
逃げ場所のない檻のようなあの里で。
それは彼のような純粋で幼い子供とって、どれだけ過酷だったのだろう。
━・・・。

「絆されたな。」

再び誰に言うでもなくそう溢す。
あの金髪の青年に接触して。
他所者の自分にも里の患者と同じように気さくに接する彼を見て。
何よりもあの旧友に似ている彼を見て。
少し興味が湧いたのかも知れない。
気付けばちょっかいを出し、彼との会話を楽しんでいる自分がいた。
不可解だ。
全く不可解だった。
しがらみを作るつもりはなかった。
そのつもりだったのに。

「全く、何しにここにいるんだか・・・。」

最近の自分を見ているとつくづくそう思う。
少しこの土地に、人に絆されてしまったらしい。
この里は感知タイプには優しい場所だ。
差別を受ける事もない。
馬鹿にされる事も、笑われたり屈辱を味わされる事もない。
平穏その物の生活を送る事が出来る。
里の子供達も純粋その物で、仲間の能力を嘲る事もない。
かつて自分が夢見ていた、理想の里そのものだった。
ここは自分達のような忍にとって、安泰を得られる場所なのだ。
━・・・。

『お前はここで何してる?』

不意に脳裏に声が響く。
捻くれた響きを持つ、幼さが残る少年の声。
窓ガラスに視線を向けた。
目の前に自分の姿が映っている。
が、映っているのは全く別の姿をした自分だ。
小柄で痩せぎすの黒髪の少年。
猫のような三白眼は不満げにこちらを見つめ返している。
再び彼が口を開く(のが見えた。恐らく自分にしか分からない)。

『お前は何しにここに来た?忘れたってのか?』
『友達ごっこをする為にこっちに来たわけじゃないんだぜ。』
『お前は見失ってる。自分の立場って奴をな。』

グラリ、と視界が揺れた。
咄嗟にその場にあったベッドに肘を突く。
下界の光から庇うように左目を手で覆った。
それでも眩暈は治まらない。
━くそ・・・。
薬。
薬を飲まなければ。
ああくそ。
早く治まってくれよ。

『お前はどこの人間でもねえよ。もうどこにも居場所なんてないんだ。』
『受け入れてもらいたいとか、そんな甘ちゃんな事考えてるんだろ?』
『誰が受け入れるかよ。お前は・・・。』

やめろ。
やめろよ。
やめてくれ。
今その話をしなくてもいいだろ。
何でお前はそんなに底意地が腐ってやがるんだ。
目を瞑って声を追い出そうとする。
それでも声は喋るのを止めない。

『お前は、嘘つきで臆病で、ごろつきの他所者だもんなぁ。』

━・・・ッ。
ブチリ、と頭の中で何かが切れた。
思わず叫ぶ。

「やめろよ!」

ダン、と思い切り壁を殴った。
途端にボキリと不吉な音がした。
同時に鋭い痛みが左手に走る。
骨が折れたらしい。
ズキズキと容赦なく左手が痛み始めた。

「う・・・っ。」

痛みが直接伝わってくる。
骨の周りの神経にまで傷が入ったようだ。
ああ畜生。
またやってしまった。
もうこれで何度目だ?
━いい加減、慣れねえとな・・・。
力加減が全く分かっていないせいに違いない。
この姿はどうもやりづらい。
小さく舌打ちをし、目を瞑った。
と。
首の真後ろから左腕に向かって、チャクラが流れ込み出した。
体内の経絡系をチャクラが通って行くのを感じる事が出来た。
やがて左手にチャクラが流れ込んでいく。
折れた骨がピキピキと皮膚の内部から音を立て始める。
傷付いた神経も修復されていく。
再び骨が繋がろうとしているのだ。
そして。

「・・・治った、な。」

左手を動かしてみた。
まずは軽く握って開く。
今度は強く握って拳を作ってみる。
痛みはない。
ニヤリと悪ガキのような笑みを作ってみせた。
この能力にだけはつくづく助けられている。
そのせいで毎度の如く無茶な怪我を負ってしまうのだが。
━使える能力があるんなら、とことん使わないとな。
ドサリとベッドに身を投げ出した。
ボンヤリと天井を見つめる。
まだ視界はゆっくりと回っていた。
目を閉じていないと酔ってしまいそうだ。
再び目を閉じ、思考を巡らしていく。
━俺は果たして、何がしたいんだろな。

『お前は何しにここに来た?』

先程脳裏に響いた声が甦る。
何がしたいか。
そんなのは分かっている。
目当ての物をさっさと奪えばいいのだ。
が、もう暫くここに留まっていたいと願っている自分もいた。
ここは平和だ。
差別も競争も何もない。
個人個人を見てくれる。
知らず知らずの間にこの里に居心地の良さを感じ始めていた。
もう暫くここの住人になっていても構いはしないだろう。
そう、もう暫く。
もう暫くだけの事だ。
でも自分を受け入れている人物などいるだろうか。

『気にせずここに来ればいい。』

再び脳裏に声が甦る。
気さくに笑ってそう告げた青年。
━シー・・・。
どこの馬の骨かも分からない自分に。
彼はそう言ってくれた。
彼なら信頼出来るだろうか。
否、実際シーは自分に対して警戒を解いてくれている。
ならこちらもそれに甘んじて彼に信用を置いてもいいのだろう。
里を抜けてから、そんな人物にあったのは初めてだった。
増してや同じ境遇にいた同族など。
━・・今度、飲みに誘ってみるか。
そんな気持ちが湧くような相手に会ったのはあの旧友以来だ。
やはり自分は彼にあの旧友の姿を重ねてしまっているらしい。
だが違う。
シーはシーだ。
面影を探そうとしてはいけない。
彼に姿を重ねてはいけない。
シー自身を見なけらば。
誰かに重ねられると言う事も、かなり堪える事なのだから。
━・・・。
もうじき夜が明ける。
そろそろ活動を始めた方が良いだろう。
そう判断すると、藍はゆっくりと寝台から体を起こした。
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