□通りすがりの17.5
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+過去話

黙ってシーは古い写真を見つめていた。
若かった頃の青。
自分と同じ年代だった頃の、上司の姿。
奇妙な気分だった。
隣に青がいて、目の前には若い頃の彼がいる。
同じ人間が二人現れたような感覚。
何気なく青の隣に映っているもう一人の人物に目を移す。
そして目を瞬かせた。
━これは――――。

青の隣に、小柄な青年が並んで立っている。
青年?
否、もしくは少年かも知れない。
何せその人物が余りにもあどけない顔立ちをしていたからだ。
童顔なのだろう。
所々が跳ねている短い黒髪。
猫を連想させる三白眼の瞳。
すっきりとした小顔。
無邪気に歯を見せて笑う、やや捻くれた口元。
口から覗く歯は先端がギザギザに尖っている。
咄嗟に思った。
魚人の血を引いている、と。
霧の里には並外れたチャクラに富む、魚に似た種族がいるのだと青が話していた。
彼の後輩である長十郎。
そして過去に霧の里を抜けた、桃地再不斬や干柿鬼鮫。
忍刀七人衆の歴代の前任者達。
彼らは皆その血を受け継いでいる。
その証となるのが、彼らの特徴的な形をした歯だ。
この青年も、恐らくはそうなのだ。
人懐こそうな顔をしている。
やんちゃ坊主な面がまだ残っているとでも言おうか。
身長は青の肩位の背しかない。
体付きはそれこそ痩せぎすで、とても成人男性らしい体躯とは言えなかった。
痩せた細身の体は霧の忍服に包まれている。
霧隠れのベスト。
七分袖のアンダー。
身軽な格好をしている。
額当ては腰に巻き付けてあった。
そっと写真に写るその姿に指を這わす。
ポツリと呟いた。

「この人は・・・。」

青もシーの視線の先に気付いたらしい。
彼が顔を少し近付けた。

「ああ、そいつか。こいつはな・・・。」

写真を覗き込み、彼が思い出したように目を細める。
心なしかどこか寂しげな色が見えた気がした。
懐かしげに写真を見つめ、そっと古いそれに手を触れる。
そして告げた。

「血霧時代の旧友なんだ。もう二十年も前の話だが。」
「旧友?てっきり後輩かと思いました。」

写真に写る長身で体格の大きな青と比べて、その青年は本当に小柄だった。
中忍に見えてしまう程に。
こちらの正直な言葉に青が小さく笑う。

「はは、確かにそう見えるのも無理ないな。」
「何歳違いなんです?」

一見すると十歳程年齢差があるように見える。
上忍と中忍が並んで立っているような。
年の離れた親友だったのだろうか、と思ったが。
青の言葉がそれを否定する。

「実は一歳違いだ。見えんだろう?」
「・・一歳・・・。」
「俺の方が一つ年上だった。傍から見れば先輩後輩に見えただろうな。」

青の言葉に写真を凝視する。
一歳違い。
この二人が。
たった一年違いでこれだけ体格差があるのもどうなのか。
それだけこの「旧友」の青年が生まれつき体が小さいのだろう。
青曰く未熟児だったのだと言う。
その代わり魚人の血を受け継いでいる為、チャクラは人一倍多かったのだそうだ。
(「こんな細い体にどこにそんな体力がある、といつも思ったもんだ。」)
体が小さい分、素早い動きで相手を翻弄させるのが得意だった。
暗部に入った青と違い、彼はごく普通の忍だったらしい。
それでも時々何度かすれ違う事があり、一緒に時間を過ごす事も多かったのだと言う。
いつもよりも饒舌に彼が話す。

「悪戯好きな奴でな。よく何度も茶化されたよ。」
「よくこっちが解剖作業をしてるのを、横から眺めてきた。
 時々ちょっかいを出したりな。とにかくやんちゃ坊主だった。」
「俺も昔は固かったから・・あいつにとっては俺は恰好の悪戯相手だったんだろう。
 よく俺が怒るのを、あいつはおかしそうに笑って受け流していた。今思うと懐かしいものがあるな。」

そして青は微笑んだ。
だがそこにはただ昔を懐かしむ感情だけが浮かんでいるようにも見えない。
どこか、悔んでいるような。
悲しんでいるような。
思わず疑問に思った。
何故青はそんな表情をしているのだろう?
気付けば口が動いていた。

「この人は、今どこに?」

何も考えずに口にした瞬間、後悔した。
青の表情が微かに翳ったからだ。
ほんの一瞬の出来事ではあるが。
確かに見てしまった。
長い沈黙があった。
そしてようやく彼が答える。

「・・二十年前に里を出て行った。里を抜けたんだ。」

━!
固まって青を見つめた。
自分の無神経さに内心で悪態をつく。
馬鹿な質問をしてしまった。
何故もっとよく考えなかったんだ。
思わず下を向いて俯く。
と、唐突に小さく笑う声が聞こえた。
再び大きな手がシーの頭に置かれる。

「こら、また自分を責めてるだろう。」
「さっきの質問は、さすがに不躾でした。」
「知らなかったんだから仕方ないさ。お前が気に病む事じゃない。」
「・・・。」
「悪いのは、俺だ。原因はこいつの変化に気付いてやれなかった俺にある。」

それでもシーは顔を上げなかった。
黙って下を見たまま動かない。
小さく青が息をつく声がした。
やれやれ、とでも言うように彼が呟く。

「お前も俺と似て、固い所があるみたいだな。」
「え?」

青の言葉にシーは顔を上げる。
うっすらと笑みを浮かべて彼が続けた。

「お前を見てると、昔の自分を思い出す。」
「貴方の?」
「ああ。お前は・・昔の俺とそっくりだな。」

じっと青を見つめ返す。
自分が青に似ている?
若い頃の彼に?
ただ無言でシーは青を見上げた。
少しでもその表情から何かを読み取ろうと。
が、何も分からなかった。
靄が掛かっているかのように、青の横顔の感情を読むのは難しく思えた。
感情を、読ませない。
これも血霧時代を生き抜いてきた中で、彼が得た生きる術なのかも知れない。
そう思うと何故か寂しくなった。
彼がこちらの手から写真のフレームを受け取り、棚に戻す。
パタン、と棚のガラス戸を彼の手が閉めた。
秘密を共有し合うような、意味ありげな笑みを浮かべて青が言う。

「旧友の事は秘密にしておいてくれるか。お前以外には、誰にも話した事がないんだ。」
「・・分かりました。」

真っ直ぐ青を見据えて答える。

「誰にも言いません。秘密を守ります。」

静寂。
フッと青が目を細めた。
棚に背を向けると、読み掛けていた本を置いた机へと戻る。
本を取り上げ、パタンと閉じた。

「そろそろ休憩にした方がいいな。結構長い時間ここにいただろうから。」
「そのようですね。」

いつの間にか時間が経っていたらしい。
それだけ話し込んでしまったと言う事だろう。
それに、資料探しに夢中になっていた事もある。
本を棚に戻しながら彼が続けた。

「お茶にするとしよう。場所を移して、準備をしないと。」
「俺も手伝います。」
「それは助かるな。」

気さくに青が笑って返す。
シーも無邪気に微笑みを返す。
こんな風に笑うのも、穏やかな気持ちを抱くのも、いつぶりだろう。
穏やかな時間。
安らかな時間。
過去の泥に塗れた記憶が、嘘のように思える位の。
幸せな、優しい時間。
青の背中を追い掛けて歩きながら、シーはこそばゆい感情を噛み締めた。

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