□通りすがりの17
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いつもの居酒屋。
いつもの席。
客達の話す声。
笑い声。
店員の快活な声。
そして徳利や猪口がテーブルに置かれる音。
皿が鳴る音。
もうすっかりこの庶民的な雰囲気にも慣れてしまったように感じる。
穏やかな賑やかさ。
それが心地良く思えるのかも知れない。
店内を眺めながら、そんな考えがシーの頭に浮かんだ。
そして向かいに座る相手に視線を戻す。

「いきなり呼んで悪かったな。」

猪口に口を付けながら火影が言った。
心なしかどこか真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。
肩をすくめてそれに答える。

「いえ、今日は残業もないので。お気になさらず。」
「そうか、それなら良いんだ。」
「で、話とは?」

コトリと彼女が猪口を置く。
珍しく徳利で酒を注ぐ事もせず、ただ黙って空になった猪口を見つめる。
難しげな面持ちだ。
運ばれて来た焼き鳥にも手を付けていない。
普段ならもっとがっ付くように料理に手を伸ばしているのだが。
今夜はその様子が全く見られない。
咄嗟に不穏な気持ちに駆られた。
雷影の側近を長年務めてきた為か、こうした事には人一倍敏感になってしまう。
雷影も何かある度にそんな表情をする。
だから尚更不安になった。
何かあったのか。
里に関わるような事でも?
長い沈黙の後、やがて彼女が切り出す。

「霧から要請があってな。抜け忍の捜索に手を貸してほしいと。」
「抜け忍、ですか。」

「抜け忍」と言う言葉に思わず反応する。
が、表情には出さなかった。
黙って先を促す。

「二十年程前に里を抜けた忍、なんだそうだ。かなり昔の話だよ。」
「二十年・・・。」
「何でもあの霧の追い忍部隊を巻いたらしくてね。未だに消息が掴めていないそうだ。」
「・・・。」

火影の言葉を頭の中で繰り返す。
二十年。
そんな昔に?
二十年前と言うなら、自分はまだ七歳だ。
それと同時に安堵する。
二十年も昔に里抜けをした忍。
「抜け忍」と言う言葉を聞いた時、まず最初に頭に浮かんだのはあの他里の男性だった。
天色の髪に灰色の目を持つ、隻眼の男。
藍。
が、どうやら彼の事ではないらしい。
藍に一度歳を訊いた事があったが、彼はあっさりとこう答えた。

『ああ、俺の年齢か。三十路ちょっきしだよ。』

二十年前なら藍は丁度十歳と言う事になる。
たった十歳の感知タイプの少年が、あの血霧の里から抜け出せるだろうか?
追い忍部隊から逃げ切れるだろうか?
たった一人で?
━恐らく、無理だ。
確信した。
藍は違う。
彼は無関係だ。

「?、どうした?難しい顔をして。」

こちらがそれだけ考え込んでいたのだろう。
不思議そうに彼女が首を傾げ、顔を覗き込んで来る。
我に返り、静かに呟いた。

「いえ、何も。」
「とにかく、水影の側近からそうした要請願いの文が来てな。それでこっちも応えようと考えている訳さ。」
「水影の側近?」

思わず声を上げる。
そして言葉を紡ぎ合わせていく。
抜け忍。
捜索要請。
追い忍部隊。
側近。
直感が告げる。
もしや。
こちらの考えが分かったらしい。
ニッと火影が笑ってみせる。

「誰だか分かったみたいだな。」
「・・青さん、ですか。」
「その通り。その様子だとよく知っている間柄のようだね。」
「知ってるも何も・・彼は俺の上司です。それに、師のような人とも言えるでしょうね。」

こちらの言葉に彼女が微笑む。
面白がっているようだ。

「あいつと一度話した事があってな。彼もお前の事を話していた。部下であり、弟子のような若者だと。」
「え?」
「良い上司に恵まれたらしいな。」

火影の言葉にシーは固まった。
予想外の青からの言葉に戸惑った、と言った方がいいだろうか。
あるいは嬉しかったのかも知れない。
どうも自分はこう言う言葉には慣れていない。
決まり悪い気持ちを隠す為、火影に促す。

「・・で、何故木ノ葉に要請を?霧の忍なら自里で処理するのが普通だと思いますが。」
「良い質問だ。」

彼女がニヤリと笑う。
そうした風に笑っているのを見ると、どうしても火影が悪戯好きな少女のように見えてしまう。
小さい頃はさぞお転婆な子供だったに違いない。

「実は情報が入ったらしくてな。火の国でそれらしき人物を見掛けたのだと。」

火影の話によると、何人かがその抜け忍を目撃したと言う知らせが入っているらしい。
それで火の国の隠れ里である木ノ葉に捜索を要請したと言う事なのだそうだ。
猪口を手で揺らしながら彼女が続ける。

「何でも、あの隻眼も若い頃は追い忍だったらしくてね。そいつの討伐に駆けずり回ってたらしい。」

青が追い忍部隊に配属していた事はシーも知っていた。
本人からも時々その話を聞く時がある。
青自身はその当時の事を余り思い出したくはないらしい。
酒が入った時位でないと、滅多にその話を聞かされる事はなかった。
相手をじっと見つめてシーは言った。

「それで、捕まえられなかったんですね。」
「そう言う訳だ。余程の兵だね。」
「・・あの青さんの感知能力でも捕まえられないだなんて。」

二人で黙り込む。
相変わらず火影は気難しそうに眉を寄せ、考えている。
視線はテーブルに置かれた猪口に真っ直ぐ注がれていた。
シーにはすぐに勘付く事が出来た。
これはただの討伐依頼ではないのだと言う事が。
もっと重大な何かがある。
再び口を開く。

「どうして俺に話そうと?俺は他里の忍です。あなたの里とは無関係の筈でしょう。」

部外者にはそうした話はしないと言うのが常識だ。
なのに彼女は他所者であるシーに、抜け忍の話を打ち明けている。
一体どう言う事なのか。
と、火影が気さくに笑ってみせた。
声を上げて朗らかに笑う。
そして答えた。

「いや、今のお前はここの一員だ。私が雇ったんだからな。
 それにお前は雲で上役を務めてる。こうした事にも慣れてるだろう?」
「ですが・・・。」
「お前の意見も聞きたいと思ってね。それに、お前のその能力が役に立つかも知れない。」

言葉を切って彼女が言う。

「私はあの聞かん坊からお前を任されてる。お前はあいつの側近だ・・信頼も厚い。だから私も、あいつの言葉に甘えようと思ってな。」

再び彼女が口角を上げて笑う。
悪戯を目論むやんちゃ娘の面影をそこに見た気がした。
思わず言葉に詰まる。
彼女は自分を信頼してくれている。
雷影の側近として。
断れる理由などあるだろうか。

「お前の協力も借りたい。頼めるな?」

屈託のない自信に満ちた笑み。
やれやれ、と苦笑を溢した。
この姫も、あの方も。
全く敵わない。

「・・分かりました。」

自分は影だ。
彼らに付き従う、影。
ならばその言葉に従うまで。
━それが俺の、生き方だ。

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