□通りすがりの14.3
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「えーと、藍さん、だったっスよね。」

待合室のソファに足を組んで座っている相手に声を掛けた。
とりあえず敬語で話し掛ける事にする。
仮にも彼も忍として、人としても先輩だ。
今まで平気でタメ口で話し掛けていた事を後悔した。
藍は何も言わない。
目を閉じたまま黙って背凭れに凭れ掛かっている。
改めて彼の風変わりな忍服を見つめた。
リブ生地のタンクトップ。
包帯や黒いベルトのような物がぐるぐるに巻き付けてある剥き出しの腕。
そして着流し。
変わった服装だ。
異国の忍服なのだろう。
自分はあまり他国情勢には詳しくない。
純粋にこう思った。
この人は一体どこの里から来たのだろう、と。

「えーと・・起きてます?」

一向に返事が返って来ない為、再び声を掛けた。
と。

「ここに来た時からずっと起きてるぞ。」

低い声が返事を返す。
閉じていた目蓋をパチリと開き、灰色の目がこちらを捉えた。
思わずギクリとする。
透き通った灰色の瞳はそれだけでも気迫がある。
鳥。
咄嗟に浮かんだのはその言葉だった。
鋭い瞳が放つ眼光は鷲か禿鷹を連想させた。
一瞬それが見開かれた後、やがて怪訝そうな色を宿す。

「何だよ。何か用か。」
「えっと・・・。」
「こないだは怯えて離れてったのに、今度はそっちから来るんだな。」

ぐ、と返す言葉に詰まる。
確かにこの間はあからさまな反応を示し過ぎたとは思う。
さすがにやり過ぎたと感じていた。
だからこそここに来ているのだ。
息を吸い込み、そして言う。

「前の時・・嫌いって言ってすいません。」
「あー・・その事ならもう気にすんな。あの後こっぴどく金髪さんに叱られたよ。ガキをからかうなと。」
「シーさんが?」

頷いて彼が続ける。

「冗談をやらかすのをやめろとも。だからこれからは冗談はよす事にした。」
「そうなんですか。」
「これ以上俺の立場を悪くするのもアレだからな。」

どうやら自覚はあったようだ。
意外と彼も割と常識人なのかも知れない。
それでも変わってはいるが。

「隣、座っていいですか。」
「おー、お好きに。こんなデカブツが隣にいてもいいなら。」
「もう気にならないから大丈夫っスよ。」

あんた、よく見たらそんなに悪い人じゃなさそうだし。
こちらの言葉に藍が呆気に取られてザジを見つめ返してきた。
構わずに彼の隣のスペースに腰を下ろす。
暫し沈黙。
じっとザジは隣に座る男性の横顔を見つめた。
水色の短髪。
灰色の鋭い目(ここからでは眼帯をしている目しか見えないが)。
骨格のしっかりとした顔立ち。
無骨ではあるが、洗練された顔だ。
シーのように端麗ではないが、それでも藍も美青年の位に入る。
認めるのは気が進まなかったが、彼も十分イケメンだった。
やがてポツリとザジは切り出した。

「あの、ちょっと訊いてもいいっスか?」
「おー、何だ言ってみろ。少年。」
「ザジですって。名前あるんだから名前で呼んでくれます?」
「分かった分かった。ザジ。で、何だ?」
「何で感知タイプだって事、隠してたんですか。」

ピクリと彼が動きを止める。
いけない質問だっただろうか。
心配になってザジは相手を見つめた。
が、藍が答える。

「・・何、いつもの癖でね。木ノ葉に来る前までずっと隠してやって来たから、ついな。」
「?、隠してたって・・・。」
「何だお前、知らないのか?」

呆れたように彼が吐き捨てる。

「ったく、これだから箱庭に守られてるガキは。」

「ガキ」と言う言葉にグサリと来る。
が何も言わないでおいた。
藍が続ける。

「いいか?他所の里じゃ、補助よりも力重視の里ばっかなんだよ。特に霧や雲はな。」

雲も?
シーのような忍がいるのだから、向こうの里も医療に力を入れているものと思っていた。
藍の話ではそうした面に力を入れるようになったのはごく最近の事なのだと言う。
と言っても十年程前だから、ザジにとっては結構昔の事に思えるのだが。
「俺からすりゃ十年なんて一年みたいなもんだ」と藍は吐き捨てていた。
意外とこの男性は結構年を取っているのかも知れない。
初めて聞いた情報に、ただ宙を見つめる事しか出来ない。

「そう・・だったんだ。」
「血霧の里はまさにその代表例だったし、雲も元々武闘派の里だ。忍術と体術にとにかくこだわる事で知られてた。」
「・・・。」
「そんな里からしたら、感知能力なんざ取るに足りない。だから自然と階級が出来ちまうんだよ。」

微かに嘲るような響きで藍の声が続ける。

「感知や医療、幻術。そうしたジャンルに特化した忍はそうした里だと下に見られちまう。
 その代わり血継限界や強い忍術と体術に優れた奴は大歓迎って訳さ。」
「・・・。」
「俺はそうしたシステムがどうも納得いかなくてね。それで里を抜けた。」

なら、シーは?
藍の話を聞きながらそんな質問が頭をもたげた。
彼もそんな目に遭ったのだろうか。
本人からはそう言った話は何も聞かされていない。
オモイからも凄い人だと言う話しか聞いていない。
もしかするとオモイも知らないのかも知れない。
自分達が思っている以上に、シーは苦労を重ねて来た人なのかも知れなかった。
そして気付く。
━俺、よく考えたらシーさんの事、詳しい事は全然知らないや・・・。
感知能力者であり医療忍者。
そして自分の親友の先輩。
自分が知っているのはたったそれだけだ。
そう思うと愕然となった。
自分は何も知らないのだ。
ガシガシと頭を掻きながら藍が言う。

「国を出た後はもうずっと、自分の能力の事は伏せてきた。なめられでもしたら袋叩きされるからな。」
「・・他所の里って、そんなに物騒だったんスか?」
「まあ、もう昔の話だ。今はもうそうでもないと思うが。そんな時代もあったって事だよ。」

ま、お前は深く考える必要はないさ。
この里に生まれた事に感謝すればいい。
そう意味深な言葉を呟き、藍は気さくに笑ってみせた。

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