□通りすがりの14
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「何か、納得いかないっスね。」

唐突にザジがボソリと呟いた。
丁度一緒に病院の医療器具の詰まった箱を整理していた時だった。
声に反応して彼を見下ろすと、いかにも不満げに彼は顔を顰めている。
チャクラからも彼の不快な感情が滲み出ているようだった。
シーにもそれは察知する事が出来た。
思わず苦笑を溢す。
━ま、無理もないな。
いつかはそう言い出すだろうとは思っていたが。
むしろここまでよく耐えたと思う。
苦笑いを浮かべながら同じ感知タイプであるこの少年に視線を向けた。

「悪いな、無理に手伝わなくても良かったんだぞ?」
「あ、違いますよ!そう言う事じゃなくって。」

慌てて彼が手を振って否定する。
一瞬だけ彼の小さな瞳に怯えが映ったような気がした。
「雑用をやりたくないと思われた」と思ったのかも知れない。
そんな事はさらさら思ってはいないのだが。
シーもザジが自分から好んでここの雑用を引き受けてくれていると言う事を知っていた。
どうも彼も、ナルトと似ているようだ。
ザジも相手に対して「良い自分」を作ってしまう傾向があるらしい。
否定的な感情に敏感なのか。
自分に悪い印象を持たれる事を恐れているのか。
『嫌われたくない。』
『離れてほしくない。』
ザジの瞳がそう訴え掛けているような気がした。
傷付いた小動物のような、そんな目をしている。
小さく口角を上げてみせ、シーは彼の頭に手を乗せた。

「分かってる。お前が好意から手伝ってくれてるのは俺も承知だ。」

ホッとしたようにザジが頬を綻ばせた。
本当に純粋な子だ。
その無邪気さに時々救われるような気持ちになる事さえある。

「俺がここの雑用任されるのは、全然良いんです。むしろ大歓迎っスから。」
「そうか・・。」
「ここんとこは手が開いてるから、気にしないで頼んで下さいよ。」

ニッと無邪気に彼が笑う。
が、すぐにさっきの不満げな表情に戻った。
彼も本当にコロコロと顔が変わる。
ただし感情豊かと言う意味で。
嬉しい時は笑い、不快を感じるとすぐに顔を顰める。
不安げな時は三白眼の目がぐらぐらと不安定に揺れる。
敏感な思春期と言う事も理由に入るのだろうが。
それでもザジは人一倍繊細な少年のようだ。
両手に抱えた幾つもの小型の箱(ピンセットやガーゼ、包帯や綿棒が詰め込まれている)を運びながら彼が続けた。

「でも、これだけは言わせて欲しいですね。」
「何だ少年、いつになくピリピリしてるな。」

ザジの言葉に続くように別の声が言う。
背後から掛けられた声に、パッとザジが振り返った。
そして。

「あんたがそこでだらだら居座ってるからでしょうが!」

ビシッと勢い良くザジの人差し指が声の主に突き付けられる。
矛先は言うまでもない。
先程からシー達が立ち働く様子を眺めていた藍だ。
すっかり寛いだ様子で壁に凭れながら、こちらを観察するように眺めている。
呆れた様子で彼が両手を広げてみせた。

「人を指差すなよ。礼儀に反するだろ?」
「初対面でいきなり突っ掛かって来た人相手に礼儀も何もないっスから!」
「相変わらず警戒っぷりは変わってないな。」

溜息をついて藍が呟く。
それはこっちの仕草なんだが。
内心でそう呟きながらシーは奇妙な訪問者に視線を向けた。
当の本人は手伝う素振りも見せず、ただ眺めているだけだった。
我が物顔を言った様子で壁際を陣取っている。
藍らしいと言えば藍らしいが。

「何でついこないだ病院の前で騒ぎ起こした奴が、またここに来てるんスか!おかしいっしょ?!」
「おい、勝手に話変えるな。未遂だ未遂。」
「小さい子供に刀向けといてっスか。それを止めた俺の胸倉掴んで来た癖にっスか。」
「どんだけ根に持ってんだよ少年?!」

たじろぐ藍にザジが続ける。

「あんたがそんだけの事したからだっての!俺じゃなくたって誰でも根に持つわ!」
「だーかーら、あれはちょっとした冗談でな。」
「ちょっとの域越えてたっスよ!冗談でも達が悪いでしょうが!マジな話で子供泣きますからね?!」

確かに正論だった。
一切の言い返しようもない。
全く隙のないザジの突っ込みに、内心でシーは精一杯笑いを堪えていた。
それと同時に改めて彼の一般常識人ぶりに安堵する。
さすがは名門一族の大人達を先輩に持つ後輩だ。
ちゃんと冷静に物事を見て考える能力を、彼はしっかりと身に付けているようだ。
これもホヘトの日頃の指導のおかげなのかも知れない。
━・・だが。
そろそろ止めた方がいいだろう。
そう判断し、ザジを制止する。

「ザジ、藍さんは薬を貰いに来ただけだ。警戒しなくて大丈夫だぞ。」
「シーさん・・・。」
「生まれつき眩暈持ちらしくてな。こないだも本当に具合が悪かったんだ。」
「だけど、やっぱ信用できないですよ。」
「ザジ・・。」

黙ってザジの不安げな瞳を見つめた。
彼の言いたい事も分かる。
何をするのか分からない、予測不可能な男。
藍はそんな男だ。
どこまで彼を信用する?
シーにもそれはまだ分かっていなかった。
だがこれだけは直感が察知していた。
『彼は悪い人間ではない』と。
少々捻くれてはいるが、悪人ではない。
本当の悪人なら子供に紙幣を握らせるだろうか。
拒絶された事を寂しがるだろうか。
藍の今までの冗談は確かに大人らしからぬ行動だったかも知れない。
が、シーがそれから感じ取ったのはむしろその逆で、悪戯好きの子供のような腕白さと無鉄砲さに似ていた。
が、ザジはまだ子供だ。
純粋で、正義感と言う物に満ち溢れている。
まだ表面的な光景でしか物事を判断出来ないのだろう。
そんな正直な少年にとって、藍のような捻くれた大人は受け入れられない存在に違いない。
警戒心剥き出しの目でザジが藍に言う。

「あんたの事、やっぱり俺は嫌いだ。」
「・・じゃあ、せめて何で嫌いなのか教えてくれよ。理由が分からないとこっちもモヤモヤしちまう。」

暫し沈黙。
長い静寂の後、ザジが口を切る。

「何でって・・俺にもよく分からないよ。ただ・・・。」
「ただ、何だよ。」
「・・あんたのチャクラが、怖い。」

怖い。
その一言に、一瞬だけ藍の体が強張ったような気がした。
決まり悪そうに彼が顔を背けて続ける。

「あんたのチャクラは・・掴めないんだ。煙みたいにモヤモヤしてて。どんな人なのか、これっぽっちも分からない。」
「・・・。」
「日によって違うし、こっちが会う度に雰囲気がコロコロ変わるし・・・。」

そしてこう呟いた。

「まるでカメレオンみたいだ。おっさんのチャクラ。だから苦手だよ。」

そのまま彼は俯いてしまう。
その様子をシーは無言のまま見つめていた。
━本当に、敏い奴だな・・・。
ザジを見つめながらつくづくそう感じた。
相手のチャクラの微妙な質の変化や違いを、的確に捉える事が出来ている。
感受性の強さはチャクラ感知にとってもとても重要な事だ。
純粋であればある程、周囲の刺激や感情に敏感であればある程尚良い。
そう言う意味でも、チャクラ感知に向いている忍は繊細な人間と言っていい。
チャクラは元々精神エネルギーでもある。
感情にも大きく反応し、その人の情動で質が変わるのだ。
相手の感情を常に窺い、敏感にその変化を察知しているザジは余計にチャクラに反応してしまうのかも知れない。
内心で確信した。
この子は、隠れた原石だ。
ザジには才能がある。
感知能力者としての才能が。
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