□通りすがりの13
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道場に忙しない音が響き渡っている。
板張りの黒ずんだ床を何度も力強く踏み締める音。
手や足が素早く打ち合う音。
乱れる呼吸音。

「ハッ・・ハァッ!」
「フッ・・・ッ。」

脚と手が交差し、今度は手と手が交差する。
足刀を繰り出すとまたも防がれた。
そしてまた間合いを取って向き合う。
金髪から落ちる汗の粒を払い、シーは目の前の相手を見据えた。
トクマが柔拳の構えを取ってこちらと対峙していた。
シーの足技に応戦し、手刀と柔拳(チャクラは込められていない)でこちらからの一撃を出させない。
なかなか手応えがある。

「なかなか・・やりますね。さっきのも結構きましたよ。」
「あんたはなかなかガードが固いな。びくともしやしない。」
「そう言われると嬉しいです。」

再び床を蹴る。
バシッとぶつかり合う音がし、空気が張り詰める。
呼吸を乱し合いながら互いに目を合わせた。
汗を額や黒髪から滴らせたトクマが目の前に見える。
端整な顔に幾らか好戦的な表情が見え隠れしている。
恐らく自分もそんな表情を浮かべているのだろう。
腕でこちらの繰り出した蹴りを止め、彼は足を防いでいた。
思わずシーは笑みを溢した。
トクマも不敵に微笑む。
彼もこの組手を楽しんでいるようだ。
それはこちらも同じだった。
久々に体を動かしたせいか。
体術同士でぶつかり合ったせいか。
全身の血が騒いでいる。
この状況を楽しんでいる。
トクマの白い瞳がこちらの目を捉えた。
純白の瞳と、こちらの漆黒の瞳。
暫しそれらの視線が結び付く。
そして。

「!」

咄嗟にトクマが動く。
すかさず再びチャクラを込めない状態で柔拳を放った。
すぐに動きを読み取ると、反射的に素早く膝を突いて上体を屈めた。
そのまま相手の一撃が空を切る。
弾みでトクマの体が前につんのめった。
━そこだ!
片足を引き伸ばし、相手の足元目掛けて勢い良く掃腿を繰り出す。
ピンポイントで脚がトクマの足首に当たり、足場を崩した。

「しまっ・・・っ。」

そのまま彼の体が床に倒れ込む――――。

「っと。」

相手が床に叩き付けられる寸での所で、シーはトクマを受け止めた。
背中を手で支え、腕を掴んで抱え込む。
顔を覗き込むと、トクマは目を見開いてこちらを見つめ返した。
小さく口角を上げてシーは言う。

「一本、取った。」

暫し静寂。
そしてトクマが笑い出す。
朗らかに笑みを溢すと、彼も言った。

「貴方の勝ちですね。負けちゃいました。」
「少し反則だったかも知れませんが。」
「いえ、実際の戦闘じゃ反則も何もありませんから。足を狙うとはやりますね。」

トクマの言葉にはにかみ返す。

「これが俺の戦い方なんです。手よりも脚を使う。体格関係なく対抗出来ますから。」

壁に凭れ掛かり、そのままずるずると座り込む。
汗が滴り、アンダーを濡らしていく。
久々に取っ組み合いをしたせいか、体力も消費してしまったようだ。
息を整えていると頬に冷たい何かが当たった。
水の入ったペットボトル。
トクマがそれをこちらに差し出している。
笑い返してそれを受け取った。
彼も同じ様に壁に凭れて腰掛ける。
再び彼が口を開いた。

「足技が中心なんですか?」
「ああ、それとクナイを。その方が素早く動ける。」
「オモイみたいに刀を使う人達も見ますね。」
「大概の奴は刀を使ってます。でも俺のような忍は万が一の時もあるから、軽装重視なんです。」
「万が一の時?」
「ほら、医療忍と感知を掛け持ちしてると言ったでしょう。」

両手を広げてみせて続ける。

「敵からしたら俺みたいな補助忍は厄介な存在ですよ。だから狙われやすくて。」
「ああ、そう言う事ですか。逃げる事も前提なんですね。」
「そう言う事になる。」

水を飲み、さらに続ける。

「それに、下忍の頃は体が小さかったので。小柄で細いから力もあまりない。」
「そうだったんですか・・・。」
「それで足技を鍛える事にしたんです。今では自分にピッタリの体術ですよ。手を傷付ける事もない。」
「医療忍にとっては手は命みたいな物ですもんね。」
「分かってるな。」

二人で笑みを溢し合う。
受け取ったタオルで汗を拭うと、シーは道場を見回した。
古い造りの建物だ。
床は長い時間を掛けて滑らかになったらしい。
ここで多くの日向の人間が修行をし、床を踏み慣らし、打ち合いをしたのだろう。
改めて日向の血統が歩んで来た「時の長さ」と言う物を感じた。
今度はシーがトクマに問い掛ける。

「あんたもよくここで修行を?」
「ええ。ホヘトさんによく付き合ってもらってるんです。」
「ほお。」
「と言っても、まだ一度もあの人には勝てた事がなくて。分家の中ではなかなか実力者なんですよ。」
「そうなんですか。」

タオルを頭に被せて彼が続ける。

「今でも思い出すなぁ、子供の頃はひたすら毎日ここで柔拳の修行をしてました。」
「・・・。」

懐かしげな表情でトクマが語る。
その横顔を黙って眺めた。
透き通った顔立ちをしている。
自然と目が吸い寄せられるような、そんな顔だった。

「きっと体術は得意だったんでしょうね。何せ、あんたは日向の血を引いている。」
「大抵の人によくそう言われます。でも、それは買い被り過ぎですよ。」
「?」
「俺は・・確かに皆から一族一の目を持っていると言われてます。でも、柔拳だけは・・どうしても中途半端になってしまって。」
「あんたが?」

数日前に藍が自分達に絡んで来た時の事が脳裏に浮かぶ。
こちらが胸倉を掴まれた時、トクマは素早い動きでそれを助けてくれた。
あの時の彼の柔拳には息を飲む物があった。
その彼が、体術が不得意だと言う。
トクマが続けた。

「俺の白眼は確かに優れてるでしょうね。何せ点穴を見切れますから。でも、それだけじゃ駄目なんです。」
「と言うのは?」
「柔拳は白眼で透視した経絡系に、チャクラをねじ込んでダメージを与える・・・。便利な体術です。」
「だったら・・・。」
「でも、いくら優れた目を持っていても・・それに見合うだけの実力がないと、意味なんてありません。」

トクマの表情が微かに歪む。
どこか苦々しく、悔しげな横顔。
思わずその表情に固まる。
この顔は。
━俺は、これを知ってる。
悔しくて、自分が嫌で、でもどうにも出来ない。
そんな顔だ。
そう感じた途端、一気に昔の記憶が甦る。
能力を笑われて。
小柄で華奢な体を馬鹿にされて。
肌で全てを決め付けられる事が悔しくて。
そう思っていた頃の自分と同じ物を、トクマの表情に見た気がした。
同じだ。
同じ目をしている。
もしかすると、彼も。

「・・あんたも、自分が歯痒いのか。」

ポツリと言葉が零れ落ちる。
沈黙。
トクマは答えない。
が、やがて静かに口を開いた。

「下忍の頃に・・その事で色々言われた事があって。周りの大人がこぞって噂する声が嫌でも聞こえてきました。」

そこで言葉を切り、また言う。

「宝の持ち腐れ、だと。何故よりによって俺がその眼を宿したのかと。それを聞いて・・喉を締め付けられたような思いをしました。」

そして寂しげな笑顔でこう言った。

「ま、事実なんですけどね。子供だったし諦めが悪かったから、少しでも追い付こうと毎日修行に明け暮れてました。」
「・・・。」
「・・でも、なかなか上達出来なくて。それで余計に焦りが募って、落ち込んで。毎日その繰り返しでしたよ。」

似ている。
そうシーは思った。
戦忍への憧れを捨て切れなくて、自分の能力を嘆いていた頃の自分に。
毎日演習場で手裏剣やクナイで修行をした。
体術の修行も。
が、どれだけもがこうと自分は感知タイプなのだ。
幻術の素質と感知能力。
どうしてもこればかりは替えられない。
ようやく現実を受け入れて、医療忍を目指す事に決めたのは中忍になってからだった。
トクマも同じ思いをしていたのだろうか。
環境こそは大きく違えど、持っている素質もこちらよりも遥かに懸け離れていれど。
皆が同じ思いを経験するのかも知れない。
自分は理想と、現実の己の器との差に。
トクマは受け継いだ一族の血の能力と、己の実力との差に。
新たな共通点を見つけた、そんな気がした。

「・・さぞ大変だっただろうな。」
「ふふ、確かにあの頃は一番悩んだ時期でしたね。ザジと同い年位の時ですから。」
「・・・。」
「・・でも、励ましてくれた奴がいてくれたんです。それがムタだったんですよ。」

ムタ。
記憶を辿り、思い出す。
あの墓参りの時にトクマが花を供えていた墓。
そこで眠っている人物だ。
墓石には「油女ムタ」と言う名前が彫られていた。
彼が恐らくその人なのだろう。

「悩んで落ち込んでた俺を、あいつは何度も励ましてくれて。今俺がこうして頑張れるのも、あいつのおかげです。」
「・・良い相棒だったんですね。」
「ええ。最高の相棒でした。本当に・・・。」

自分にダルイがいたように。
トクマにも励まし、高め合う友がいたのだ。
コンプレックスを支えてくれた相棒が。
その親友を亡くしてしまった彼は。
トクマは今どんな思いなのだろう。
辛くない、筈はない。
彼の顔から寂しげな表情が消える。
すぐにあの朗らかな笑顔に戻ってトクマは言った。

「すみません。少し話し込んじゃいましたね。」
「気にしなくていい。それに・・気持ちは分かる。俺も、あんたと同じ思いをした事があるから。」
「シーさんも、ですか?」
「まあな。」

口を閉じて宙を見据える。
そのまま静かに呟いた。

「自分の器を思い知らされるってのは・・辛いもんだよな。」

トクマが微かに目を見開く。
暫くこちらを見つめ、そして答える。

「ええ。辛い、ですね。」

黙って二人で道場の壁に凭れ、天井を仰ぐ。
不思議と胸が軽くなったような気がした。
見えない傷を舐め合うような。
互いを認め、労わり合うような。
そうした感覚を感じさせる静寂が、自分達の間に流れていた。

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