□通りすがりの12.5
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『なりすまし。』
『面被り。』
『真似っ子野郎。』

煩い、煩い。
遠い記憶から声がする。
胸糞悪い彼らの声。
もう十年以上も昔の事だと言うのに。
心は未だにそれを覚えている。
生々しい、蚯蚓腫れのように。

『おい、俺に化けるのやめろよ。』
『気味悪い。真似すんなって。』
『何でいつも誰かの姿でいるの?』

子供の頃から人の振りをするのが得意だった。
人の心を読むのも得意だった。
人よりも頭が足りなかった自分は、常に周りの人間の真似をする事で上手く付いて行っていた。
アカデミーに入ってからもそれは変わらなかった。
授業で何かをする時は、常に隣の子供がやっている事と同じ事をしていたように思う。
本当に分からなかったからだ。
何をすればいいのか。
自分で考えて行動する事が、どうしても出来なかった。
人の話を聞くのが苦手だった事も大きいだろう。
教師の話などほとんど聞き流していたように思う。
興味のない事にはとことん無関心を貫き通していた。
あの頃の自分は常にどこかが抜けていたのに違いない。
ぽけっとしていて、人懐こくて、甘えたがり。
簡単に言ってしまえば典型的な「馬鹿」だったのだ。
今思うと舌を噛み切ってしまいたくなる。
勉強もそれ程得意ではなかった。
むしろ実戦で点を稼ぐタイプだった。
それでも細っこい小柄な子供だったせいでそれなりに苦労はしたのだが。
だから成績はほとんど落ちこぼれと言って良い。
何せ体が追い付かない。
それに本当に勉強嫌いな子供だったのだ。
本を読むのも苦手だった。
読み始めても、数分後には夢の中に入り込んでしまう。
自分でもどうしようもなかったのだ。

教室では常に同期の子供の内の一人に化けて出席していた。
小柄でひょろい容姿を隠したくて。
目付きの悪い三白眼を見られたくなくて。
周りに溶け込みたい一心で。
皆に付いて行こうと、必死に周りの真似をした。
それが逆に余計に自分を周りから遠ざける事に繋がるとは、あの頃の馬鹿な自分は思いもしなかったのだから笑えてくる。
気付けば色んなあだ名を付けられていた。
周囲からは常に気味悪がられた。
気持ち悪いと。
人の考えでしか動けない、個性のない奴だと。
本当にその通りだった。
自分で何をすればいいのか、当時はまるで分からない馬鹿だったのだ。
そんな自分でも運良くアカデミーの卒業試験に受かったのだから、人生とは皮肉な物だ。

『またお前か。また化けてるだろう。』
『何度も言わせるんじゃない。あまり人を脅かすな。』
『はぁ・・全くお前って奴は。』

声が切り替わる。
懐かしい、自分が一番心地良いと感じた声。
途端に笑みがこぼれた。
同期(一年程歳が違ったが)の中で唯一自分の化けた姿に騙されなかった男。
唯一自分を気味悪がらなかった男。
自分の能力に感心と敬意を持って接してきた男。
そして自分を、不器用ながらも温かい包容力で甘やかしてくれた奴だった。
甘えたがりで人懐こい、やんちゃ坊主だった自分は彼にすっかり懐いていた。
今でも思い出せる。
暗部の着流しに身を包んだ彼と、ごく普通の上忍だった自分。
時々すれ違う度に自分は仲間の誰かに化けて脅かそうとしたものだ。
が、大抵はすぐにその前にばれた。
結局彼を脅かせた事はただの一度もなかったように思う。
が、他の悪戯やちょっかいには常に良い反応を返してくれた。
彼程こちらの期待通りの反応を返してくれる人間はまずいなかっただろう。
こちらの悪戯に怒る彼と、それを面白がる自分。
いつしかそれがお決まりの光景になっていた。

『こら、またお前は!人で遊ぶなっ。』
『周りが何と言おうが、俺はお前の力を凄いと思ってる。』
『何、熱っぽい?ったく、こっちに来い。また腹出して寝てただろ。』

旧友が医療忍だった事もあり、よく彼にはその事でも世話になった。
糞が付く程真面目で、頭が固くて、融通が利かなくて。
プライドも高く、それなのに繊細で傷付きやすい男でもあった。
そんな不器用で無骨な彼の事を、自分は好きだった。
自分とは正反対だったと言うのに。
暗部の癖に、情に篤くて優しい奴で。
人を騙してばかりで、仮面を被ってばかりいた自分とは似ても似つかない。
自分達二人はそれ位似ていなかった。
例えるならば黒と白(誰が黒かって?勿論自分だ)。
体格もまるで凸凹だった(彼は長身で体格が良く、自分は小柄で細かった)。
自分が常に子供に化けていた事もあって(子供の体の方が素早く動ける)、周りからはよく親子か何かに間違えられる事も多かった。
二十歳を越えても子供の姿でいる事を望んだ子供っぽい自分。
常に冷静で落ち着いた、大人らしい気質だった彼。
そんな自分とは何一つ違う彼の事が、気に入っていた。
そう、自分は彼が好きだった。
好きだったのだ。
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