□通りすがりの10.5
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「トクマ。」

聞き慣れた声にふと目を開けた。
顔にはらりと一房の髪が触れる。
自分よりも長い髪。
自分よりも綺麗な黒髪。
懐かしい匂い。
━これ、は・・・。
そう。
そうだ。
この感じは。

「目が覚めたか。」

目の前、こちらの顔の真上に顔が見えた。
懐かしい顔が見下ろしている。
サングラスで隠れた目。
整った顔。
長い黒髪。
そして、極端に露出の少ない、油女一族特有の服装。

「ム・・タ・・・。」

囁くように彼の名前を口ずさむ。
ムタ。
ああ、ムタだ。
ムタが自分を見下ろして見つめている。
サングラス越しにあの綺麗な目が見えたような気がした。
うっすらと彼が微笑みを浮かべる。

「随分とぐっすり眠っていたな。任務疲れか?」

彼がそう言い、肩に垂れた長い髪の房を払う。
彼の癖だ。

「お前はすぐ根を詰める。気を付けないといつか体を壊すぞ?」

彼の指がこちらの額をするりと撫でる。
包帯の感触を感じず、思わず「おや」と疑問に思った。
普段なら何があろうと額の包帯は外さない。
そして思い出す。
━・・ああ、そうだ。
ムタと二人きりになった時にだけ、自分が包帯を外していた事を。
━・・すっかり、忘れてた。
そんな事を忘れてしまう位、彼は自分から遠くに行ってしまっていたのか。
思わずムタの手を取った。

「ム、タ。」
「ん?」
「何とも、ないのか。」
「何がだ?」
「その・・体、とか。」

不思議そうにムタが首を傾げる。
そして言った。

「俺は健康体その物だが・・・どうした?」

ガバリとトクマは起き上がった。
そしてこの時になって、自分がムタの膝に頭を乗せて横になっていた事に気付く。
つまりは膝枕だ。
これはいつもの事だったので気にならなかった。
今気にしているのは。

「戦争が、あっただろ。」

抑え切れず、言葉を口にする。
うわ言のようにすらすらと言葉が出てきた。

「それで、お前はぶっ飛ばされて――――。」

と、ムタの笑い声がこちらの言葉を打ち消した。
おかしそうに彼は笑っている。
ムタが言う。

「さては悪い夢でも見たな?戦争なんて起こってないぞ。平和その物だ。」

━え・・・?
どういう事だ。
確かに戦争はあった筈なのだ。
肌が、感覚が覚えている。
何より記憶があるのだ。
カブトの追跡を行って。
アジトの光景を目の当たりにして。
本部に情報を持ち帰る為に、ランカとムタ、三人で荒野をひたすら駆け抜けて。
そしてムタは――――。

「トクマ。」

我に返ってムタを見つめ返す。
穏やかに彼が微笑み掛けている。
あの時と変わらない笑顔で。

「大丈夫だ。夢だよ。夢だったんだ。」
「ゆ、め・・・。」
「ああ、夢だ。」

ニッと彼が口角を上げ、笑いを深めて続ける。

「シビから貰った茶菓子があるんだ。それを食べよう。ザジも呼んで、三人で。」

夢。
頭の中でその言葉を繰り返す。
夢。
夢なのか。
夢だったのか。
そうか。
夢だったのか。
ムタが死んだ事も。
戦争も。
全て夢だったのか。
そうか。
そうなのか――――。

━長い夢でも、見てた気分だ。

「トクマ。」

ああ、ムタが呼んでいる。
自分の名を。
どれだけこの手に、髪に触れたかっただろう。
どれだけ声を聞きたかった事か。
彼が目の前にいる。
生きている。
それだけで自分は十分だった。
ムタが、彼が生きていれば。
それだけで自分は。
俺は。
そっと彼の手を握る。
お茶の準備をしなければ。
茶器を出して、ムタが持って来てくれた菓子を用意して。
そしてザジを招こう。
そしていつもと同じように、三人でお茶をするのだ。
そうしよう。
そして、三人で話をして笑い合おう。
あの頃のように――――。

+ + +

パチリと目を開けた。
薄暗い和室の天井が視界に広がっていた。
見慣れた部屋だ。
自分の部屋。
子供の頃から使ってきた部屋。
思わず部屋を見回す。
ムタは?
彼はどこにいる?
━ここは――――。
ガバリと布団から体を起こす。
目の前に広がっているのは馴染んだ光景だ。
畳に木造の柱。
造り付けの棚。
障子越しに朝の陽射しがボンヤリと部屋の輪郭を浮き上がらせている。
だが、それだけだった。
ムタの姿はどこにもない。
どこにも。

━・・夢、だったのか。

掛け布団をぎゅっと握り締める。
まただ。
また、彼の夢。
親友が出てくる、何気ない日常の夢。
戦争など起こりもしない、平和な世界の夢。
平和な木ノ葉の里で、ムタと二人であの頃のように平穏な時間を過ごす夢。

「・・・っ・・・・。」

もう何度目なのだろう。
この夢を見るのは。
数え切れない位に自分はムタの夢を見続けていた。
ほぼ毎日。

『さては悪い夢でも見たな?』

親友の声が甦る。
夢なら、どれだけ良かっただろう。
彼の死が束の間の、どこにでもある悪い夢で済んだなら。

「―――・・・っ、ぅ、っ・・・っ。」

どれだけ、良かった事だろう。
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