□通りすがりの10
1ページ/2ページ

今日もいつも通り診察をするつもりだった。
下忍や中忍の子供達の手当て。
里の住人の治療。
湿布や飲み薬の処方。
包帯や薬品の補充。
書類の整理。
やる事は沢山ある。
それらの仕事をこなそうと思っていた。
思っていたのだが。

「よ、金髪さん。」

前触れもなく現れた彼の姿に、自分の頭は思考停止した。
さっきから覚えのあるチャクラを感じてはいたのだが。
気のせいだと思っていた。
昨日あんな事があったのだ。
チャクラを錯覚してしまっているだけ。
あの男のチャクラの感覚が残っているだけだろうと。
だが予感は的中したらしい。
目の前に長身の男性が立っている。
短く刈り込んだ澄んだ天色の髪。
鷹を連想させる灰色の隻眼。
黒い眼帯に覆われた左目。
見間違いようもなかった。
あの男だ。
昨日通りのど真ん中で乱闘騒ぎを起こし掛けた。
去り際に子供に一枚紙幣を握らせた。
そして、自分とトクマに接触してきた彼。
何故彼が堂々と自分の目の前に立って、こちらに向かって気さくに片手を挙げているのか。
突っ込めば突っ込む程負けな気がした。

「あんた・・何でここに。」
「うわ、酷いな。こっちは仮にも怪我してるんだがね。怪我人が病院にいて悪いか?」

肩をすくめて男が言い、わざとらしくニッと笑ってみせた。
右頬には絆創膏が貼られていたが、雑に貼ったせいで剥がれ掛けている。
不器用なのだろう、と瞬時に見て取った。
そして見覚えのある絆創膏に、昨夜の事を思い出す。
昨日自分が投げて寄越した、あの医療パックに入っていた物だ。
ちゃんと使ってくれたらしい。
右頬をトントンと人差し指で軽く叩いて彼が続ける。

「昨日あんたがくれた塗り薬、助かったよ。おかげで楽になった。」
「で、その礼を言う為だけにここに?」
「いや・・実はまだちょっと痛くてな。それで診てもらおうかと。」

男の痣まみれの頬を見つめ、納得する。
あのオモイの蹴りをまともに食らったのだ。
彼の足技は結構痛い物がある。
シー自身が彼に蹴りの手解きをしたせいでもあるが。
自分の足技をあの後輩は脈々と受け継いだと言う事だろう。
そしてそれに加えて、同じ箇所にトクマの手刀を食らったのだ。
痣の上に切り傷。
痛くない筈がない。
さも申し訳なさそうに彼が言う。

「忙しい所悪いが、診てくれるか。こっちは何せ痛みで倒れそうでね。口を切っちまった。」

その割にはピンピンしているようにも見えるが。
そもそも口を切ったのならそんなすらすら喋れんだろうに。
口から飛び出し掛けた言葉をかろうじて飲み込む。
確かに彼は自分に絡んできた男だ。
後輩達にも容赦なく手を出した(ただし冗談の域だったが)男でもある。
それでも怪我人は怪我人だ。
医療忍であるからには治療するのが自分の義務だろう。
それに怪我人を放っておくのは自分の流儀に反する。
改めてシーは自分のお節介さを呪った。

「・・分かった。」

軽く頷き返してみせ、男に向かって指で手招きする。
自分なりの「ついてこい」のジェスチャーだ。
男の灰色の目に悪戯っぽい光が宿る。
「分かってるじゃないか」と言わんばかりに彼がニヤリと笑い返した。
昨日の意地の悪い笑みではなく、無邪気で茶目な、悪戯っぽい笑顔だった。
笑い方は怪しいのだが、何故か好感が持てる笑みだ。
それに応えるようにわざと不敵な笑みを作ってみせる。
瞬間、自分達の間に見えない信号が飛び交った。
「信用はしていないが疑うつもりはない」と言う意味の意志疎通。
表面では余裕を装いつつも、内心は戸惑っていた。
この男は、分からない。
「掴み所がない」と言う言葉がピッタリな人物だった。
こんな人間、会った事がない。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ