□通りすがりの9
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夜の帳に包まれた里の街を歩いて行く。
日は沈み、代わりにあちこちの建物から吊るされた提灯が明かりをを投げ掛けていた。
商店街はそれなりに明るい。
店の入り口や窓からも明るい光が溢れ出している。
買い物中の住人や通行人など、人もまた多かった。

「ここの街並みも捨てた物ではないでしょう?」

隣を歩くトクマが穏やかに笑い掛けた。

「復興もだいぶ進みましたから、やっと賑やかさが戻って来た感じなんです。」

彼が首を回す度に長めに伸ばした横髪が揺れる。
横髪に留めた筒飾りが明かりを反射し、チラチラと光る。
トクマと共に二人並んでシーは里の街中を歩いていた。
別に一人でも問題はなかったのだが、彼が「送って行きますよ」と言ったのだ。
オモイはザジの家に泊まらせてもらう事になっている。
いつの間にか彼らはそこまで親しくなっていたらしい。
先輩としてもそれは嬉しい事だった。
何気なく繁華街を見回す。
先程からチラチラと視線を感じたが、皆がこちらを見ている事が窺えた。
ホヘトの話ではトクマは「日向一の白眼」の持ち主らしい。
一族が持つ白眼の中でも個人差はあるようで、彼の目は特に優れているのだと言う。
里の人間の間でも彼は知られているのだろう。
その彼が他里の自分と歩いているとなれば。
視線が奪われるのも無理はない。
何気なく隣で肩を並べている彼を横目で見つめた。
整った、すっきりと鼻の通った顔立ちのせいか中性的な印象を与える顔をしている。
身のこなしもどこか上品さが窺えた。
全体的にどこか男性離れした雰囲気を漂わせている。
それでも彼の声は、その容姿に不釣り合いな程に低い。
ごく普通の(それよりも低いかも知れない)成人男性の声だ。
それを言えば自分も人の事は言えない。
見た目と裏腹に、自分も声が割と低い方だ。
遠方で性別を間違えられて以来、意識的に努めて低い声を出すようになったのが原因だった。
今もそれは変わっていない。
容姿が容姿の為、なるべく低い声で他者と話す癖が付いてしまった。
彼が同じ理由でそうなのかは分からないが。
静かに頷いて彼の言葉に答えた。

「雲の里とは違った景色だから、見ていて飽きませんね。」
「夜でもこの辺りは明るいんですよ。繁華街って所でしょうね。提灯は見慣れませんか?」

こちらが吊り下げられている提灯の列に目を奪われているせいだろう。

「ええ・・よく行く霧の里では見掛けますが。雲だとほとんど電灯ですから。」

「雷の国」と呼ばれる国を守る里だけあって、雲は電気が発達している。
里中の建物の屋根に電線が張り巡らされ、あちこちにアンテナが取り付けられているのだ。
その為か街灯も電灯、街の明かりも全て電灯になる。
こことは全く異なる、里の景色。

「こう言うのも風情があっていい。」

こちらが淡々とそう述べると、彼が小さく笑った。

「分かります。俺もこの時間帯のこの場所の景色が好きなんです。時々それで爺臭いって言われちゃうんですけどね。」
「はは・・それは堪える。」
「全くですよ。これでもまだ二十数年しか生きてないのに。」

小さく笑い合う。
無意識にシーは彼に好感を抱き始めていた。
不思議と彼とは話しやすい。
と、トクマが質問を変える。

「ところで、お歳を訊いてもいいですか?俺は二十四なんです。」
「・・二十八ですが。」
「そうなんですか。結構年上だったんだなぁ。」
「幾つに見えたと?」
「二十五かそこらに見えましたね。よく間違えられたりとか、ありません?若く見えるもんですから。」
「まあ、時々は・・・。」

確かに何度かそんな事はあった。
ダルイと共に遠方任務に向かった時。
他国に出向いた時。
毎回ダルイの方が年上だと思われ、自分は年下だと思われたものだ。
だがまだそれはいい。
むしろ任務の時に好都合になったりもするからだ。
何よりも一番癪に触るのは。

トンッ

━!
すぐ横を通り過ぎた男性の肩が、こちらの肩を掠めた。
気にせず通り過ぎようとする。
が。

「おい、待て。素通りはないだろ。」

腕を掴まれ、その場で立ち止まる。
相手を見ると木ノ葉のベストを着用した男性だった。
目深に巻いた額当てから、不機嫌そうな目が覗いている。
大柄な男だ。
厄介な事になりそうだと本能が感じ取った。

「ぶつかったのに謝罪の言葉もなしか。これだから他国の奴は・・・。」

実際の所ぶつかって来たのは相手の方だったのだが。
ここは黙っていた方が得策だろう。
そして早く謝っておいた方がいい。
口を開こうとすると、男がそれを遮った。

「お前みたいな『女』が堂々と道の真ん中を歩くな。他所者が偉そうに歩くんじゃねえ。」

ピタリ、と体が強張った。
目を見開いて男性を見つめ返す。
男の目には一種の卑しさが見え隠れしていた。
ぶしつけに顔を眺める目。
舐めるような、値踏みでもするような視線。
━女。
次の瞬間その言葉の意味を理解した。
途端に体中の血が逆流していく。
一気に頭に向かって血が流れ、上って行く。
無意識に男を睨み返していたらしい。
相手が声を荒げた。

「何だその目は。そっちが当たって来たんだろう。女の癖に気が強いんだな。」

間違いようもない。
彼はこちらを女だと思い込んでいる。
確かに自分は色が白いし、顔が顔だ。
身長もそこまで高くはない。
任務で女の格好をしていてもバレない程だった。
痛い位に自覚はしている。
だがそれにしても。
自分にも男としてのプライドがある。
泥を擦り付けられたような気分だった。
性別を間違えられる事。
自分にとって、それが一番癪に障る事だ。

「ストップ!」

不意に声がした。
━!
目の前に腕が現れ、シーと男性の間を遮った。
見えない壁を作るかのように。
トクマがこちらを庇うように立ち、穏やかに男性に話し掛ける。

「そこまでにして下さい。ね。ここだと公衆の面前ですから。」

トクマの言う通りだった。
何人かがこちらのやり取りをチラチラと眺めている。
思い切り注目の的になっていた。
彼が続ける。

「俺もこの人と貴方がぶつかるのを見てましたけれど、
 貴方が先にぶつかっているように見えましたよ。この人に悪気はありません。」
「何だお前・・こいつの連れか。」
「まあそんな所ですね。手を放してやって下さい。」
「さては愛人だな!自分の女の首輪の綱位ちゃんと持ってろ!」
「ああ、それと。」

喚く男を無視して彼が言う。
何の感情も篭っていない冷めた声で。

「彼は男性ですよ。勘違いをされてるようですが。失礼なのは一体どちらなんでしょうね?」

男性の目が大きく見開かれる。
口を閉じたり開けたりを繰り返し、信じられないような目でこちらを見つめた。
その行為がさらに癪に障ってしまう。
軽蔑と皮肉を込めて口角を上げ、シーは言った。
普段よりも低めた声で。

「あんたの胸糞悪い女性観ってのが分かって良かったよ。」
「いや・・その・・。」
「もし仮に俺が女だったらどうするつもりだったんだ?取って食うつもりだったのか。良い度胸だな。」

険悪な眼差しで男性を睨み付けた。
こちらの気迫に彼がたじろぐのが分かった。
恐らくここまで気性が荒いとは思わなかったのだろう。
大人しげな、いかにも優等生タイプ。
何かと自分はそう思われてしまう事が多い。
だが一皮剥くと実際は違う。
殴り合いの喧嘩にも怯まず負けじと突っ込んで行く位に、自分はかなりのじゃじゃ馬なのだ。
ダルイ位しかその事は知らないに違いない。
ましてや初対面の他里の忍となると。

「・・わ、悪かった・・。ただ・・あんま綺麗だったからよ、つい。」
「だからって通行人にいきなり近付いて人の顔を舐め回すように見るのか、あんたは?」
「・・す、すみませんでしたっ・・・。」

肩を落として男性が頭を下げる。
羞恥心で一杯なのだろう。
トクマがこちらの肩に手を添える。

「さ、行きましょうか。」

今日はついてない、と心の中で呟いた。
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