□通りすがりの7
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太陽がすっかり昇り、空が眩しく感じた。
里の皆はもう起き出しているのだろう。
大通りには活気が戻っていた。
人が行き交う道を、一人で当てもなく歩く。
━・・寝過しちゃったかな。
欠伸を噛み締めながらザジはボンヤリと道を歩いていた。
ムタの墓参りを終えたあの後、家に直行して二度寝を決め込んだのだった。
早起きには未だに慣れていないし、最近はあまり眠れていないからだ。
ここ最近ずっとそれが続いている。
そしてようやく起き出し、今に至る。
今日は別に大してやる事もない為、里をぶらつこうと思っていた。
若者らしくポケットに手を突っ込み、特に理由もなく店を回る。
行く先々で皆が声を掛けてくれた。

「お、ザジか。今日は遅いお目覚めだなー。」
「ザジ兄ちゃん、おはよ!」
「新しく入荷した忍具があるから、また見てってくれな。」

次々と掛かる声に笑って応じる。
商店の人々とも子供の頃からの付き合いだ。
そのまま気の向くままに街を巡る。
いつもと変わらない平和な日常。
戦争を経験してからはそれがどれだけ恵まれている事なのかが痛い程身に染みた。
戦場で感じた緊迫感と、恐怖感。
次々と死んでいく仲間。
次は自分かも知れないと言う予感。
ここにはそんな物など何もない。
これが平和なのだ。
でも。
━何か、大きい出来事とか起こんねーかなぁ。
自分もまだまだ子供。
たった十七年しか生きていない。
そのせいなのか、スリル感を味わいたい気分にもなる。
何でもいいから、何か起こらないだろうか。
そんな事を考えながら歩き続けて行く。

+ + +

━あ。
ハッと我に返る。
いつの間にか病院がある筋の通りまで来ていた。
自然と足がそこへ向かっていたらしい。
癖と言う物だろう。
二日前にあの出来事があってから、まだ病院には立ち寄っていなかった。
シーはもうここに来て働いているに違いない。
久々に寄って行って、顔でも見せに行こうか。
そろそろ休憩時間になる頃だろう。
うん、そうしよう。
彼に会いたい。
話したい。
途端にむくむくとそんな思いが湧いてきた。
いつの間にか自分の中で彼の存在が大きな物になっていたらしい。
すっかり自分は彼に懐いている。
━よし。
心を決めて足を踏み入れる。
病院目指して真っ直ぐ歩いて行く。
と。

━・・・?

少し行った所――病院のすぐ手前だ――に何やら人が集まっていた。
取り捲きか何かのようだ。
━何だろあれ?
不審に思って眉を顰め、ザジはそちらに足を向けた。
どの道病院に行くのだ。
何が起こっているのか見てみたかった。
群がる人々に近付いて行くと、見知った背中を見つけた。
白襟の黒い着物に身を包んだ男性。
黒髪は髷のように結ってある。
それにこのチャクラ。
━ホヘトさん?
すぐさま駆け寄り、ポンと彼の肩を押す。

「ホヘトさん!」

こちらの呼び掛けに彼が振り返った。
ザジを見た白い瞳が微かに見開かれる。

「ああ、ザジ。今起きたのか?」
「正解っス。よく分かりましたね。」
「目蓋が腫れてるからな。目元が真っ赤だぞ。どうした?」

ギクリと身を固めた。
恐らく墓参りの時に泣いたせいだろう。
だがそれは言えない。
このホヘトの事だ。
心配を掛けてしまうに違いない。
だからおっかなそうにおどけて見せる。

「うええ、まじっスか!俺この顔で普通に外出歩いてたんスけど!」
「冗談だよ。そんなに酷くない。ちょっと赤くなってる程度だ。」
「なんだぁ・・・。」

内心でホッとする。
良かった。
そうでないと他の人にも心配を掛けてしまう所だった。
丁度良い所なので話を変える。

「で、どうしたんスか。こんな所で群がって。」
「ああ、それがな・・・。」

複雑な表情を浮かべ、ゆっくりホヘトが視線を元に戻す。
ザジもホヘトの背中越しにその視線を追った。
━あ。
取り捲きの中心に人がいる。
一人の男性(まだそれなりに若い。三十代位か)が、小さな子供の腕をがしりと掴んでいる。
だらしなく着崩した着流し。
左目を覆う黒い眼帯。
体格もそれなりに大きい(ただし細身で引き締まっているように見える)。
背の高い男性だ。
子供は少しみすぼらしい衣服を身に付けている。
裾の擦り切れた、着古した服。
どこかで見覚えのある格好だ。
幼い顔には怯えの色が浮かんでいた。

「さっき・・俺の財布を取ろうとしただろ。ん?」

柔らかい言葉使いとは裏腹に、男の声は笑っていなかった。
表情は笑っているのに、声が笑っていない。
ギリリと男が子供の腕を掴む手に力を加えた。
折れてしまいそうだ、と思わず思った。
子供はそれ位ガリガリに痩せていたのだ。
怯えた表情で子供が必死に首を振る。

「し、知らない。知らないよ!」
「じゃあ何でおじさんの後を付けてたのかな?うん?」
「違うよ!僕じゃない!知らないってば!」
「違うよなぁ。俺にぶつかって、その隙に財布を抜き取って、
 申し訳なさそうに媚を売って、そのまま逃げる。そのつもりだったんだよなぁ。」
「ち、違う・・・。」
「お前みたいなストリートチルドレンならよくやりそうな手口だ。
 それでバレそうになったら裏返したようにへこへこしやがる。」

はっ、と嘲笑うように笑って彼が吐き捨てた。

「胸糞が悪いな。反吐が出る。」

何も言えずにザジはその様子を見つめていた。
状況が全く読み込めない。
そんなザジにホヘトが説明してくれた。

「あの子、この間からスリで騒ぎを起こしてたんだ。でもとうとうバレたみたいだな。」
「バレたって・・どうするんです、あの子。助けないんですか?あのままじゃまずいっスよ。」
「ザジ・・・。」

ホヘトがこちらを見つめてくる。
拳をぐっと握り込み、子供を見つめた。
それだけでも分かった。
ホヘトもあの子を助けたがっているのだ。
それを必死に押さえ付けている、と言った所だろう。
やがて首を振って彼が言う。

「・・俺にはどうする事も出来ない。俺だけじゃなくて、ここにいる大人達もな。」
「そんな・・・。見捨てちゃうんですか!」
「俺だってそんな事はしたくない。だがあの子がしてきた事は・・そう簡単に許される事じゃないんだ。例え孤児でも。」
「でも・・だからって・・・。」
「それに・・あの男、余所のごろつきだろう。下手にこっちが刺激すれば何を仕出かすか分からない。」

子供に視線を戻す。
今にも泣き出しそうだ。
こけた頬。
ボサついた髪。
と、子供が急にこちらを向いた。
助けを求めるように。
大きな木の実のような目がザジを捉える。
縋るような、助けを求めるような目。
子供の薄い唇が動き、声にならない言葉を紡ぎ出す。

『――たす、けて。』

心臓が凍り付く。
どうしよう。
どうすれば。
でもこの子はスリをしたんだ。
悪い事をしてたんだ。
罰を受けるのも仕方のない事なのかも知れない。
でも、でも。
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