□ささやかな
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+現パロ

「カ、カルイちゃん・・・。」
「んー?」

片手に持ったヘアアイロンに相手の黒髪を挟みながらカルイは返事を返した。
何事もなかったように手を動かしていく。
再びおどおどと落ち着かない様子でヒナタが続ける。

「わ、私なんかに、似合うのかなぁ。」
「大丈夫、似合うって。今はじっとして。」
「わわっ。」

慣れないヘアアイロンにどぎまぎするヒナタを落ち着かせ、長いストレートの黒髪を時間を掛けてブロウしていく。
髪を傷付けないように、なるべく丁寧に。
それ位彼女の髪は艶やかで綺麗だった。
お世辞抜きで。
それを本人に伝えると「つまらない色だよ」と頬を真っ赤に染めてごにょごにょと返された。
それは思い込みだ。
黒髪にも十分魅力はある。
長く伸ばしたそれが肩に掛かっているだけでセクシーに見えるのだから。
小麦色の肌だとさらにグラマラスな雰囲気を醸し出してくれる。
ただしヒナタは色白な、いかにも大人しげな女の子だけれど。
でも彼女の白い肌と黒い髪はマッチしていた。
上手く言葉で表すなら「清楚系」と言った所だろう。
手で黒い髪を梳いてみる。
毛先も綺麗だ。
枝毛一つない。
完璧な長髪。
毛先がすぐに跳ねてしまう自分の苺色の髪とは似ても似つかない。
正直羨ましい。

ヒナタは黒いランジェリーワンピに素足と言う格好で、ベッドの上に腰掛けていた。
緊張と戸惑いでモジモジしている。
自分はその背後で膝立ちになり、彼女の髪にアイロンを入れていた。
カット以外に髪をいじった事がない、と言うのだから驚きだった。
ヒナタなら少し手を加えただけでもっと可愛くなれるのに。
髪型一つを取っても、それだけでガラリと印象が変わるのだ。
カルイにはない「清楚な可憐さ」と言う物を彼女は持ち合わせている。
自分の目から見てもヒナタは可愛い女の子だった。
髪を整えていきながら話を続ける。

「本当に今まで何もした事なし?パーマも?染めた事も?」
「う、うん・・・。私、やり方分からなくって。」

姿見を見つめながら彼女が言う。
こちらからも鏡に映った彼女の顔を見る事が出来た。
ピューラーで睫毛がカールされ、目元にはうっすらとアイラインが入れてある。
リップには薄いピンクの色付きリップクリームが塗られていた。
俗に言う「ナチュラルメイク」だ。
清楚系のヒナタにはこれが一番似合っていると思う。
ヒナタ曰く化粧も化粧水とファンデーションしか使った事がないと言う。
それでも十分可愛い見た目をしているのだから、ある意味凄い。
それだけ彼女は器量が良いのだ。
「土台」がしっかりしていれば、何をしても可愛く見える。
それと同時に勿体無くも思えた。
ちょっと手を施せばもっと可愛くなれると言うのに。
勿体無い。
全くもって勿体無い。

「化粧品売り場に行った事位はあるんだろ?ほら、カラーフィールドとか。駅によく入ってる奴。」
「何回か行った事はあるんだけど・・・。」
「で?」
「・・種類が多くて、どれにしたらいいのか分からなくなっちゃって・・・。」
「あー・・・。」

成程。
ヒナタなら納得がいく。
ファンデーションやチークだけでもうんと沢山の種類があるのだ。
それにさらにマスカラやアイライン、アイシャドウやマニキュア、その他諸々の化粧品が加わるとなると。
優柔不断なヒナタならそれだけで圧倒されて、選ぶ所ではなくなってしまうだろう。
そもそも彼女は使い方もあまり知らないのかも知れない。
男子友達が多いせいで、こうして女の子同士でお洒落をし合う事もなかったらしい。
言い換えると、今回がヒナタにとって初めての、女の子同士のお洒落ごっこと言う事になる。
まさかそれが違う高校の、自分と正反対のタイプの女子が相手になるとは夢にも思わなかったに違いない。
━ウチも、まさかこうなるとは思わなかったしね。
手を動かしながらそう思った。
自分の周りにいたのは、化粧の事なら何でも知ってる女の子達だった。
髪を染めるのは当たり前。
制服のスカートもうんと短くする。
マスカラをびしびし付け、手首にはバングルをしているような、そんな女の子達。
毎月出されるファッション雑誌のチェックも欠かさない、学校の「ファッションリーダー」的な女の子達なのだ。
ヒナタのようなファッションに疎い子と話すのは初めてだった。
一昔前の自分なら寄り付かなかったであろう女の子達の中の一人。
あの頃なら自分はきっと彼女を見下し、相手にもしなかっただろう。
そう、あの頃の自分なら。

でもごたごたに巻き込まれ掛けていたヒナタを助けて、色々接して話を交わしていく内にだんだん分かる様になった。
彼女は「可愛い」のだ。
飾らなくても、見栄を張らなくても、何もしなくても。
自分達のような、ゴテゴテに飾り立てた女の子達とは全く違う。
素朴な可愛さがそこにあった。
ヒナタはきっと、自分達とは違うもっと優しい世界の住人。
そして自分はもっとギラついてて、主張し合って、飾り立て合う世界を生きている。
彼女がこちら側の住人になるとは思えないし、なってほしくもない。
ありのままのヒナタでいてほしい。
でも時々は、彼女にこっちの世界の夢を見せてもあげたい。
ヒナタにメイクをしてあげる事は意外にも楽しかった。
こうやって自分が彼女を連れて行ってあげるのだ。
お洒落で可愛い、イケてる女の子達の世界に。
キャピキャピと楽しげに喋る女の子達と同じようにメイクして、お洒落な可愛い服を着て。
そして色々な洒落た店を回って街をぶらついて。
そして買い物の後は女の子達に人気の可愛いカフェで、二人でパフェを食べよう。
シリアル、苺やベリーがたっぷり、さらにアイスクリームと生クリームの層の上にベリーソースが掛かったパフェ。
きっとヒナタも気に入る。
喜んでくれるだろう。
女の子にとって、甘い物は何よりも掛け替えのない物なのだ。

「よし、完成!」

髪にアイロンを当て終え、カルイはプラグからコンセントを引っこ抜いた。
そして急いで前もって用意しておいたビニールの紙袋を開ける。
この間一緒に連れ添った時に見立てて選んであげた服だ。
メイクと髪を崩さないように慎重にそれを着せると、あっと言う間に変身して生まれ変わったヒナタが姿見に映っていた。
うねるようにウェーブした髪。
メイクした顔。
彼女に遭うように選んで来た服。
メイクアップ前とは全然印象が違う。
口に手を当て、ビックリした様子で彼女が言う。

「これ、私?」

期待通りの反応に満足げに笑って頷く。

「そうだよ。言ったろ?ウチに掛かれば大丈夫って。」
「凄いね・・・。」

「私じゃないみたい」とヒナタは姿見に映る自分を眺めていた。
彼女の細い肩に手を置き、後ろから鏡を覗き込む。
そこに映っているのは見事にメイクアップした可愛い女の子だった。
うん、完璧。
上出来だ。
よくやった、ウチ。

「・・魔法、みたいだね。」
「?」

ポツリとヒナタが呟く。
こちらが首を傾げると、小さく微笑んで彼女が続けた。

「メイクとか、髪と服とかも・・・。魔法に掛かったみたい。」

えへへ、と恥ずかしそうに彼女が笑う。

「カルイちゃん、凄いなぁ。」

ヒナタの言葉に思わず固まる。
これ位でここまで喜んでもらえたのは初めてだった。
それに、「凄い」と言ってもらえた事も。
照れ臭さを隠す為、わざとツンと澄まして答えた。
髪を耳に引っ掛けながら。

「ウチに掛かれば朝飯前だよ。こう言うのは得意分野だから。」
「将来はファッション系とか、考えてるの?」
「一応。やっぱ好きな事を極めるべきかなってウチは思ってて。」
「そっか・・・。」

ぱん、と両手を叩いてカルイは言った。

「さて、まだ始まったばっかだよ。こっからが本番なんだから。」
「え、もう行くの?」
「勿論。案内したい店とか沢山あるから。」
「ちょっと緊張してきちゃったなぁ。」

再び彼女の頬が染まる。
ウィンドウショッピングもあまり慣れていないのだろう。
なら今日はとことん楽しませてあげよう。
自分流のやり方で、彼女をエスコートしてあげよう。

真新しいハンドバックをヒナタに手渡し、彼女の腕を取ってニッと笑って見せた。

「さ、今日は楽しむか!」

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