□通りすがりの6
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砂利を踏み締める自分の足音だけが耳に聞こえてくる。
まだ朝早い里の路地を、なるべく静かに抜けていく。
眼下に広がる静まり返った街並みの景色を眺めながら、ザジは歩を進めた。
━さすがに、めちゃくちゃ静かだな。
この日わざわざ朝早くに起き出したのにはちゃんと理由がある。
とても重要な用事だ。
一週間に一度はこうして早朝に起きる事にしていた。
何故なら大切な用があるからだ。

手にぶら下げたバケツが揺れ、中に入れてある柄杓が当たってカラカラと音を立てた。
手でそれを押さえ、音を立てないようにしてから再び歩き出す。
バケツの中には明るい色合いの花も入れてあった。
昨日の夜に買っておいたのだ。
まだ日の昇り切っていない空を見上げ、深く息を吸った。
冷たい空気が鼻孔をくすぐった。
暫し上を仰いだまま、ひたすら道を歩いていく。
朝焼けまでまだ時間はある。
それまでにやるべき事を済ませてしまおう。
これは自分の義務だ。
そんな気がした。
視線を前に戻すと、真っ直ぐある場所を目指す。
自分にとって、そして自分の先輩達にとっても大切な場所。
この日は彼に「会いに」行くのだ。

+ + +

「はよっス、ムタさん。今日も涼しいっスね。」

誰も居ない墓地で、とある墓石に向かって声を掛ける。
自分の他には誰もいない。
まだ朝早いせいだ。
昔はここまで早起きする事は出来なかった。
それだけ「あの出来事」は自分の中ではとても大きな事だったのだ。
普通に人に話すように、ポツリポツリと墓石に語り掛ける。

「聞いてほしいニュースがあるんですよ。俺、新しく先輩が出来ちゃいました。」

ニカッと明るい笑顔で言う。

「雲隠れの人で・・・俺と同じ感知能力者なんスよ。」
「すっごく嬉しかったっス。俺と同じ能力の人、今まで知らなかったから。」
「その人、とってもカッコいいんですよ。見た目もだけど、中身も。思わず憧れちゃいました。一目惚れって奴かなぁ。」

なんて、冗談みたいな事を言ってみる。

「あんな人に、俺もなりたいな。」

これは本心だ。
自分もいつかあんな風に。
あんな感知タイプの忍になりたい。

話をしながら墓の掃除をする。
墓石に付いた鳥の糞をこそぎ取り、柄杓で墓石に水を掛ける。
そして全体をゴシゴシ擦っていく。
枯れていた花を新しい物に取り替え、お供え物を置いた。
そしてようやく息をつく。
ベストのポケットを開いて小型の箱を取り出すと、中から線香を数本束で取り出した。
線香の先を掌で覆い、ライター(臨時用だ)で火を付ける。
今日は風がないおかげですぐに線香の先が赤く染まった。
幾筋もの煙を立ち上らせるそれを、墓の窪みに置く。
ゆらゆらと煙が漂い、空に消えていく。
線香独特の香りが鼻を掠めた。
落ち着く香りだった。

暫く何も言わず、黙って墓石と向き合っていた。
そこには木ノ葉の紋章と、名前が刻んである。
『油女ムタ』。
手を墓石に置き、そっとその名前を指でなぞる。
墓石はまだ新しく、他の物よりも幾分白い。
それもそうだ。
一年半前には、まだこの人は生きていたのだから。
やがて口を開く。

「ムタさんがいなくなって寂しかったから、嬉しかったっス。」

そして暫く黙る。
勿論返答はない。
それでも構わずにザジは話し続けた。
ここ最近の自分の気持ちを。

「友達も出来たし、同族の人にも会えたし・・、俺、今凄く幸せっスよ。」
「トクマさんも、ランカさんも、皆元気にしてます。あ・・でも、トクマさんは最近ちょっと痩せたかなぁ。」

あはは、と小さく笑ってみせた。
沈黙が流れる。
一人で墓に向かって喋るのはおかしな光景なのだろうが、それでも話さずにはいられなかった。
昔のように、頷きながら穏やかに話を聞いてくれた彼の姿を思い浮かべながら。
彼が生きていたら、きっと喜んでくれたに違いない。
先輩としか行動しなかった後輩に、同い年の友人が出来たのだ。
その上同じ感知タイプの先輩とも知り合った。
あの彼ならこう言っただろう。
「良かったな」、と。
でもそれはもう叶わない。
彼は――ムタは、あの戦争で命を落としてしまったのだから。
恐らくそれはザジ自身のせいだ。
どこからどう見ても、自分のせいだった。
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