□とある一場面
1ページ/1ページ


「本当に切って大丈夫?」
「ああ、ばっさり切ってくれ。」

目の前で背を向けて座るシーに確かめると、そっけない声が返ってきた。
首周りと肩にかけてをタオルで覆った格好で彼は椅子に腰掛け、背凭れに凭れている。
珍しく寛いでいる様子だった。
周りを一切気にせず、パラパラと本を捲っている。
何かの書物らしい。
椅子の真後ろに立ったサムイは暫しその様子を背後から見つめていた。
やがて彼の金髪を手で梳き始める。
ゆっくりゆっくり丁寧に。
指が髪にするすると通る感触が心地良い。
どの位の長さまで伸びているのか指で確かめてみた。
━結構伸びたのね。
指で測ってみると後ろ髪が特に長くなっている事が分かった。
水で濡らしたせいでポタポタと水滴が髪から滴っている。
髪質は柔らかいものの、意外と癖毛のようだ。
所々髪が跳ねていた。
鋏を手に持ち、静かに声を掛ける。

「じゃあ、切るから。文句はなしでお願いね。」
「文句を言った覚えはないが。」
「あまり上手くはないの。」
「嘘だな。」

唐突に彼が言った。
こちらを振り返らないまま。

「アツイの髪。あれ切ってるのはお前だろう?」
「それはそうなんだけど・・・。」
「じゃあ何ら問題はないな。続けてくれ。短くしてくれればそれでいい。」

淡々と繰り返し、シーはこちらを振り返った。
その表情に思わず目が留まる。
━あ、笑ってる。
彼にしては珍しく、どこか悪戯っぽく口角を上げている。
よく考えたら彼は自分より年下だ。
シーなりに年上の自分に甘えているのかも知れない。
物凄く分かりづらい甘え方ではあるものの。
━本当、不器用なんだから。

心の中でやれやれと溜息をついた。
弟のアツイは分かりやすいからある意味手は掛からないのだが。
シーは不器用な上に人一倍繊細な所がある。
頭も良いので他人から投げ付けられた言葉に潜んだ皮肉も、敏感に理解してしまう。
故に周りが思っている以上に傷付きやすかったりする。
本人は変にプライドが高い事もあって、なかなか顔には出さない。
そのせいで余計周りから誤解されてしまうのだが。

鋏を持ち直し、刃を髪に入れていく。
シャキシャキと髪を切る音が部屋に響いた。
黒いタオルの床に金色が散らばっていく。
━女の人みたいな髪。
女性よりはやや硬いものの、男性にしてはやはり柔らかい髪だった。
髪質が人より良いのだろう。
当の本人は恐らく何の手入れもしていないのだろうが。
シャワーを簡単に浴びて(頭から湯を豪快に被って)、ガシガシとシャンプーで髪を洗って、適当にタオルで拭いて(自然乾燥と言えば的確だろうか)、それで終了になる。
そう、たったそれだけなのだ。
それだけで彼の髪の手入れは終わってしまう。
まあ成人男性ではそれが当たり前なのだろう。
弟も全く気にせず、適当にぱぱっと済ませるタイプだ。
ダルイに至っては言わずもがな。
が、そう思うとこちらの努力は一体何なのだと居た堪れなくなりもする。
シャンプーとリンスには特にこだわり、洗い方も気を付け、最後は必ずドライヤーで乾かす。
それなりに気を遣っていると言うのに、自分の髪は思い通りにはなってくれない。
自分はここまで柔らかい髪をしていなかった。
シーは何もしていないと言うのに、自分よりも綺麗な髪をしている。
それが少し羨ましく、同時に大事にしたいと言う感情が湧いた。
優しく彼の金髪を梳きながら、サムイは鋏を動かしていった。

+ + +

「はい、できたわ。」

タオルをシーの首周りがら外して声を掛ける。
彼が本から顔を上げた。
自分の手鏡を彼に渡すと、じっとシーはそこに映る自分を見つめていた。
髪はさっきよりもさっぱりしている。
何せだいぶ切った筈だから。
後ろ髪はばっさり切られ、全体的に伸びていた髪も短めに切っていた。
確かめるようにシーがすらりとした手で自分の頭に触れ、短くなった髪を指で梳く。

「どう?」

一緒に手鏡を覗き込みながら小声で訊ねる。
正直不安だった。
弟以外の髪を切った事など、これが初めてだったのだ。
増してや男性の髪型となるとてんで無知に等しい。
気に召すか心配だったが、いらぬ心配だったようだ。
子供のように満足げに笑い、彼が答えた。

「良い出来栄え、と言っとくよ。」
「良かった。」
「次からはお前に頼むとするか。」
「自分では切らないの?」

決まり悪そうに彼が目を逸らし、小さく呟く。

「こう言うのは、苦手だからな。」

パチパチと目を瞬かせた。
手先の器用さでは里でも引けを取らない彼が。
医療忍で幻術使いと言う、繊細なチャクラコントロールに長けた彼が。
手術器具を器用に遣って治療をする彼が。
自分の髪を切るのが苦手だと言ったのだ。
意外な発見だった。
一抹の驚き。
そして、小さな喜びも。
小さく笑みをこぼしてサムイは請け負った。

「分かったわ。切ってあげる。」

やがて二人で笑う。
床を見下ろすとタイルの上は金色の髪の房が、至る所に散らばって落ちていた。
後で掃除しなければ。
シーがゆっくり椅子から立ち上がった。
スタスタと真っ直ぐ部屋のドアへと歩いて行く。
無言な所がいかにも彼らしい。
が、去り際に振り返ると微かな微笑を浮かべてこう告げられた。

「また頼む。」

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ