□溶ける
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+過去話捏造
+青が27歳位、メイが10歳位

薄暗い部屋に自分一人だけの呼吸音が響く。
荒い息遣い。
じっとりとした汗で衣服が肌に張り付いている。
正直気持ち悪い。
━重症だな・・これは。
熱に浮かされながら、おぼろげにそう思った。
額の汗を手の甲で拭って息をつく。
天井をボンヤリと眺めると、微かに視界がじわじわと回って見えた。
回って、ぶれて、再び回る。
思わず吐き気が喉からせり上がって来た。
咄嗟に掌を口に押し当て、苦しげに寝返りを打つ。
それでも嘔吐感は治まらない。

「・・う・・っ、っえ・・・。」

気持ち悪い。
気持ち悪い。
早く治まってくれ。
ああくそ。
心の中で悪態をついた。
堪えるように何度も嘔吐く。
朦朧とする意識の中で、どうしようもない嘔吐感を何とかやり過ごそうとする。
それでもまだ過ぎ去ってはくれない。
喉はからからに渇いている。
水が飲みたかった。
自分のような水遁系の人間は、必要以上に水分がいるようだ。
ベッドから起き上がり、立ち上がろうとする。
が。

ズキリ。

「・・・っ・・・。」

脇腹に鋭い痛みが走る。
嫌な予感。
体に掛けてあったシーツを払い除け、恐る恐る着ていた着流しの前を開いた。
着流しに隠された脇腹は包帯で覆われていた。
が、ただの応急処置だけだった為に乱雑に巻かれているだけだ。
その白い布にじわりと赤い染みが出来ている。
傷口が開いてしまったらしい。
この間の任務の時に出来た傷だったが、治りは良いとは言えなかった。
まあ無理もない。
大した治療も施されなかったからだ。
理由は勿論決まっている。
自分のような追い忍の暗部は、負傷した傷も全て自己責任にされている為だ。
「使い捨ての能なしに出してやる薬などない。」
頭の中でそう声が囁きかけてくるのをまざまざと感じる事が出来た。
血霧の暗黙の了解。
霧の忍に生まれたからには、それに従って生きて行くしかない。
例え地を這うような思いをしても。
ボロ雑巾のような扱いを受けても。
改めて感知タイプに生まれた自分を呪った。
何故もっと、まともな能力に恵まれなかったのだろう。
何故。
何故?
もう何度目になるのか分からない、自嘲の篭った笑いが洩れる。

「能なしは能なしらしく這いずり回れ、ってか・・・。」

ははっ、と掠れた笑いを漏らす。
戦闘に向かない能力を授かったと言うだけで。
こんなに汚れて血に濡れて。
あんまりじゃないか。

━・・眠ろう。
気怠さと微睡みの中でそう思った。
体が熱い。
頭が回る。
そんな状態で再び重くなり閉じようとする目蓋に抗う事は出来ず。
水面に沈んでいくように、青は眠りの中へと引き摺り込まれていった。

+ + +

ベッド以外何もない空間に、自分がいた。
静かに寝台に横たわり、眠っている。
長身のその体にはシーツが掛けられている。
ピクリとも動かない。
部屋には自分以外は誰もいない。
それなのに、ピチョン、ピチョンと微かな水音が部屋に響いている。
やがてゆっくりと目を開けた。
灰色の瞳が現れる。
相変わらず部屋には水音が響き渡っていた。
何の音だ。
誰かが蛇口を閉め忘れ、水が滴っているかのような。
何気なく自分の右手に視線を向ける。
気のせいか微かに手が透けている。
そう、透けているのだ。
自分の手が。
そこにある筈の手が。
と、急に右手がさらに透け始めた。
そして溶け始める。
氷が水に変わるように、手が水へと溶け出していく。
水音がさらに大きくなった。
溶けて、溶けて、溶けて。
何もかも溶け落ちて――――。

+ + +

パチリと目を開けた。
目の前に見慣れた天井が広がっていた。
夢だったらしい。
思わず心の中で息をつく。
聞こえるのはハァ、ハァ、と必死に呼吸を繰り返す音だけだ。
自分の呼吸音。
喘息患者のように息が荒い。
何度も深く息を吸っては、自分を落ち着かせようとする。
と。

「大丈夫?」

部屋にいるのは自分だけではなかったらしい。
ひょっこりと少女がこちらの顔を覗き込んできた。
鳶色の長い髪に翡翠の目。
透き通った大きな瞳は不安げに揺れている。
腕にはあの人形が大切に抱かれていた。
カラフルな毛糸の髪と、ボタンの目と、継ぎ接ぎの口を持つ人形。
いかにも手作り感に溢れたそれは、未だに幼さが残る彼女に少し似ていた。

「――――・・メイ?」

息をついて名前を呼んだ。
こくりと頷き、メイも呼び掛ける。

「青、大丈夫?痛いの?」

彼女が青の手にそっと触れる。
ひやりとした手が肌に触れるのを感じた。
大きく無骨なそれに触れた手は自分よりもか細く、白く、小さい。
それなのに。
彼女のチャクラを青はしっかりと感じる事が出来た。
活発でいて、優しく囀ずる小鳥のようなチャクラだった。
それだけでも気を落ち着かせるには十分だ。
改めて安堵と感謝の混じった息をつく。

「青、落ち着いた?」
「・・ああ。」
「なら、いいの。」

安心したように彼女がにっこりと笑う。
戸惑って青は目の前の少女を見つめ返した。
何故この子がここにいる?
ここには入ってはいけないと言っておいた筈なのだが。
彼女に熱をうつす訳にはいかない。
覚め切らない頭を抱え、ベッドから起き上がるとメイに言った。

「メイ・・部屋に入るなと言っただろ。」
「さっきまでずっと良い子にして隣の部屋にいたわよ。」

心外だと言わんばかりに彼女が頬を膨らます。
人形を抱く腕に力を込めてメイは続けた。

「ちゃんと言い付け守って、この子と遊んでたもん。でも心配になって覗いてみたの。そしたら、青が、苦しそうだったから。」
「・・・。」
「青があんなに苦しそうにしてたの、初めてだった。だから、怖くて傍にいてあげてたの。どっかに行っちゃうんじゃないかって。」
「・・・。」
「本当、怖かったんだからね。青の、ばか・・・。」

人形に顔を埋めて彼女が押し黙る。
何も言えないまま青はメイを見つめていた。
内心で悔いた。
不安にさせてしまった。
怖がらせてしまった。
まだこの子は幼いのだ。
その上ただでさえ精神的に不安定になりやすい生活を強いられている。
家族と引き離され、家族の安否も知らないまま、赤の他人に等しい自分と生活を共にしているのだから。
それでも彼女なりにメイは青を慕ってくれている。
だからこそ青自身も自分なりに良き保護者になろうとしていた。
彼女を守りながら、暗部として面を被り、武器を持って任務をこなす。
いつでも取り替えの利く代用品でしかない暗部の忍は、いつ死んでもおかしくはない。
常に死と隣り合わせの、過酷過ぎる立場だ。
だが自分が死んだら、彼女が信頼している大人は本当にいなくなってしまう。
一生メイは心ない大人達から「呪われた子供」と言うレッテルを貼られ続ける事になってしまう。
「能無し」と言うレッテルを貼られ、笑われてきた自分のように。
それだけは耐えられなかった。
だからこそ自己管理はしっかりとしていなければならなかったと言うのに。
熱の原因となった傷を作ったのも、元はと言えば自分のミスだ。
自分のせいなのだ。
何もかも。
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