□始まり
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ある所に海と陸に囲まれた大きな大国があった。
その国は一年中雲に覆われていた。
常に嵐が起こり、雷が鳴り響く場所だった為、人はその国を「雷の国」と呼んだ。

そこには多くの自然があった。
広大な土地に広がる多くの自然が。
美しい海岸。
鬱蒼と茂った亜熱帯の森。
一面に緑の草が広がる高原。
高原には色とりどりの花が咲き、時々北風が花弁を遠くの大地まで飛ばしていった。
そのさらに奥に、切り立った険しい山脈が聳えていた。
一年中雲に覆われた秘境の地。
雷雨と嵐がよく起こるその場所は、滅多に人が寄り付かなかった。

多くの民族は高原や森に住んだ。
幾つもの一族が点在していたが、その中でも特に大きな集団が二つ存在した。
一つは褐色の肌を持つ、高原で狩猟を行い生計を立てて暮らす一族。
眩い白髪を持つ彼らは、仲間を同志と呼び、強い結束力で結ばれた、情に篤い民族として知れ渡っていた。
その姿を目にした者は誰もがその猛々しさに圧倒された。
発達した肉体を持ち、並外れた身体能力に恵まれた彼らは戦闘も得意だった。
次々に戦で勝利を勝ち取っては勢力を広げていった。
彼らは八本の足を持つ獣を神として崇め、信仰していた。
人々は彼らを「黒人」と呼び、彼らの強大な力を畏れた。

そしてもう一つは白い肌を持つ、森に身を潜めて暮らす一族。
透き通った淡黄色の髪を持つ彼らは、気高く純粋な心を持った民族として知られていた。
彼らの姿を見た者は誰もがその美しさに魅了された。
薬草や野草、動物や人の体の構造に詳しい彼らは、多くの知識を糧に生計を立てていた。
彼らの中には傷を負った人や動物を癒せる者もおり、重宝がられていた。
褐色の肌を持つ一族とは違い、彼らは争いを好まず、ひっそりと森の奥深くで静かに暮らしていた。
そして、尾を二つもつ巨大な猫を神として信仰していた。
人々はそんな彼らを「白人」と呼び、彼らが持つ清い心と傷を癒す神聖な力を畏れた。

黒人を束ねていたのは若い青年だった。
ダークブラウンの肌に、銀色掛かった眩しい白髪。
大きく長身な体。
鍛え上げられた美しい褐色の肉体は、どんな厳しい気候や戦闘にも耐え抜く事が出来た。
そして誰よりも優しい心を持っていた。
誰よりも強大な力を持ち、誰よりも屈強な肉体を持っていたが、それを鼻に掛けた事は一度もなかった。
戦が終わった後は亡くなった仲間達だけでなく、自分達が殺めた敵の部族の人間の魂の分まで涙を流した。
荒れ狂う嵐のような荒々しい逞しさと共に、蝋燭に灯った暖かい火のような優しさを持ち合わせた青年だった。
部族の誰もが彼を慕い、「英雄」と呼んでいた。

白人を束ねていたのは若い女性だった。
透き通った乳白色の肌に、淡く黄色掛かった美しい金髪。
ほっそりとしなやかな、繊細な体。
それでも男と同じように鍛え上げたその肉体は、どれだけ過酷な自然の中でも耐え忍ぶ事が出来た。
彼女も傷を癒せる事の出来る者達の一人だった。
また、人を惑わす幻影を見せる不思議な力も持ち合わせていた。
心優しく誰よりも気高い心を持った彼女は、仲間の為に色々な事をした。
傷付いた人や動物の為に力を使い、薬草を使って薬を作った。
彼女の作った薬は、どんな傷や病も治す事が出来た。
また沢山の智恵を持ち、自然界の生き抜く術を知り尽くしていた。
例えばどうすれば森の中で方角を知る事が出来るのか。
いつどの植物の種を蒔けばよく育つのか。
歌や伝承も多く知っており、時にはその美しい声で唄を歌い、言葉を紡いで物語を語った。
絶えない戦に消えて行く数多の命を憂い、どこかで争いが起こる度に、そこで死んで行った魂の為に祈った。
光が灯された沢山の蝋燭に囲まれ、跪いてひたすら祈るその姿に、部族の誰もが涙を流した。
誰もが彼女に救いを求め、「聖女」と呼んだ。

双方の部族を束ねる二人の心には、一つだけ共通点があった。
「争いや殺し合いのない、皆が助け合って暮らしていく世界」。
その願いだけが彼らの繋がりだった。
それはあまりにも空想的で、夢物語のような願いだった。

互いに正反対の思想と能力を持つ一族。
そんな彼らが衝突をするのに、そう時間は掛からなかった。
二つの部族は激しく激突し合った。
黒い肌を持つ部族の長は刀を片手に。
白い肌を持つ部族の長は、小刀を片手に。
自分達の誇りを胸に、彼らは互いの敵を向かい討った。
ある時は険しい岩山の奥地で、またある時は広大な高原で。
奥深い森の中で、何日も何日も戦い続けた事もあった。
青年と女は戦の度に刃を交えた。
黒人の長は力と強靭な肉体で戦場を切り開いた。。
白人の長は知力と、敵を惑わす幻影で敵を防ぎ、仲間を守った。
自分達の一族を賭けた戦い。
負ける事は許されなかった。
ある時は青年が上手になり、またある時は女の方が優勢になる時もあった。
来る日も来る日も戦が続いた。
互いの部族で、何人もの命が燃えては消えて行った。
二つの部族は互いに争い合い、互いの領土を奪い合い、殺し合った。
争いは何年にも渡り・・・いつの間にか長い長い年月が経っていた。

時が経ち、年をとる内に青年と女は互いに似た物を見つけるようになった。
平和。
手と手を取り合う。
助け合い。
誰もが笑って生きていられる世界。
争いも何もない、幸せな世界。
互いが同じ理想を掲げ、それを夢見て戦っている事を知った。
若者は女の清く優しい心を知った。
女は青年の温かく逞しい心を知った。
殺し合いの駆け引きと共に、二人はそれらを知ったのだ。
知らず知らずの内に、彼らは互いに惹かれ始めていた。
お互いの温かい心に。

それからもまだ戦は続いていた。
もうどちらの部族も、これ以上戦を続けて行く力は残っていなかった。
そんなある時、青年の部族の一人がこう言い出した。
「神に裁いてもらいましょう」と。
自分達にはまだ力があった。
強大な力を持つ「神」が。
青年は反対した。
「そんなのは自然の理に反する」と。
八尾の獣は兵器でも何でもない。
自分達の都合で利用するなど間違っている。
が、部族の皆はそれに賛同を唱えた。
そして結局、黒人の民は八尾の獣を戦場に放す事にした。

白人の民も行動を起こした。
自分達の崇拝する二尾の猫を駆り出す事にしたのだ。
女の長も、青年と同じように反論した。
だが誰も耳を貸さなかった。
もう互いに早くこの戦を終わらせたいと思っていたのだ。

そしてついにその日が来た。
鎖を解かれ、自由になった獣が戦場に放たれた。
二匹の強大な力を持つ獣は、荒々しく戦場を暴れ回った。
猫は長い爪で切り裂き、噛み付き、火を吐いた。
八尾の獣も地面を鳴らし、叩き付け、爆大な力を発揮した。
戦場はもう混沌と化していた。
さらに多くの人々が死んで行った。
二人の長は呆然とその様子を眺めていた。
巨大な二匹の獣が、互いを喰らい、部族関係なく人々を喰らい尽くしていく。
二人は互いに問い掛けた。

「これが自分達の望んだ事なのか?」
「自分達はこうしたかったのか?」
「これで良かったのか?」

度重なる長い戦のせいで、大地は荒れ果てていた。
もう昔のような豊かな自然はどこにもない。
荒れ果てた荒原が広がっているだけだ。
森は枯れてしまった。
緑豊かだった高原は砂漠になってしまった。

「私達がした事は、何だったのでしょう。」

女が小さく呟いた。
彼女の目からは止めどなく涙が流れ落ちていた。

「自分達は間違っていた。」

青年も呟いた。
自分達は選択を誤ったのだ。
争いを続けるなど。
神に戦を終わらせてもらうなど。
愚かだった。
青年と女は互いを見つめ合った。
青年は逞しい男に成長していた。
女も少女らしさはすっかり抜け、強い女性へと変わっていた。
長い年月だった。
長い間、自分達は争い合っていたのだ。

「間違っていた。」

尾獣が暴れ回ったその後も、まだ戦は続いた。
だがもう互いにボロボロだった。
どうすればいいのかも分からなかった。
だから互いにぶつけ合った。
怒りを、憎しみを、憤りを。
青年と女は戦い続けていた。
女は彼を憎いと言った。

「貴方のせいで故郷は無くなってしまった。」

もう花を付けない枯れ切った草。
腐った樹木。
鳥達や動物も鳴かない、死んだ森。
そこに立てられた幾つもの、何百もの墓標。

「これから何を糧に生きていけばいいの?」

そのまま女は泣き崩れる。
眩しかった金髪はすっかり解れ、くすんでしまった。
白い肌は赤黒い傷が幾つも付いている。
変わり果ててしまった。
この大地も、自分達も。

「共に生きればいい。」

そう青年は返した。
そして女の傍に跪き、言葉を紡ぐ。

「私は貴女を愛していた。仲間の為に傷を癒し、歌を歌い、物語を語る貴女を。仲間の為に勇敢に戦った貴女を。死者の為に祈る貴女を。」

女も顔を上げて言葉を紡いだ。

「貴方は強く優しい人だった。仲間の為に傷付き、戦い、盾になったのだから。そんな貴方を私は愛していた。」

青年が傷だらけの手で、彼女の傷付いた手を握る。
途端に青年の手の傷が治り始めた。
女が力を使ったのだ。
彼女が続けた。

「貴方は平和を望んだ。私も平和を望んだ。」

頷いて青年は続ける。

「同じ願いを持っていた。なのに争い合ってしまった。」

悲しげに彼女が呟く。

「もう時間は戻せはしない。」
「でも、共に生きていく事は出来る。」

青年が女を抱き締めた。
か細い体だった。
こんな小さな肩に、彼女は全てを抱えていたのだ。
何故それに気付けなかったのだろう?
彼女も青年に身を委ねた。
こんなに温かい腕を彼はしていたのだ。
何故今になって気付いたのだろう?
何もない荒れ果てた荒原で、二人は抱き合った。
全ては終わった。
そう、終わってしまったのだ。
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