□通りすがりの20
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部屋は静まり返っている。
自分達二人の息すらも聞こえない。
それだけ互いに息を潜めて話していたのだろう。
疲れを滲ませて息をつき、シーは呟いた。

「・・これで全部だ。貴方に話す事は、全部話した。」

そして目を逸らす。
相手と目を合わせたくなかったのだ。
わざとホヘトの視線から逃げるように庭に目を走らせた。
思った以上に自分は話し込んでしまったらしい。
気付けばいつの間にか外が暗くなり始めていた。
ホヘトが途中で灯篭に灯りを付けた為、今は微かな光がボンヤリとこちらを照らしている。
シー自身、己の行為が信じられなかった。
自分の身の内を包み隠さずホヘトに話してみせたのだ。
全くの他人である彼に。
否、もう他人ではないのかも知れない。
自分と彼は少なからず接点がある。
雷影の側近と、日向の分家の一員。
強い何かが自分達の間にあった。
断ち切れない何かが。

ゆっくりとシーはホヘトに顔を向けた。
男性らしい顔立ち(それでもその顔は端整だった。日向はどうやらそう言う家系らしい。)は微かに歪められている。
彼にとっては思い掛けない重い内容の話だったのだろう。
暫し言葉を探すように躊躇していたが、やがて切り出した。

「・・そんな事があっただなんて。」
「全く。笑えるでしょう?」
「笑えませんよ。」

首を振って彼が否定する。
肩をすくめてシーは受け流した。
どうと思われようが構わない。
もう終わった事なのだから。
もう自分はあの頃とは違う。
苦しみから解放されて、望む物を手に入れる事が出来た。
それは紛れもなく雷影が与えてくれた恩恵だった。
それでもその彼ももう一つの一面を持ってもいるのだ。
否定しようのない事実が。
再び先を続ける。

「さっき言ったような実態があったからこそ・・
 白眼事件も有り得る事だと思ったんです。
 俺達の里は血継限界を何よりも奨励していた。だからこそ。」

口元を歪ませてシーは呟いた。

「力を奨励する一方で、俺のような一部分の忍が・・
 玩具同然の扱いを受けて来たんですからね。傑作ですよ。」
「玩具・・・。」
「言ったでしょう、貴方が聞けば後悔するような事をされてきたと。」

自嘲するように、蔑むように歪な笑みを浮かべてみせた。

「俺は大人にとって・・恰好の愛玩人形だった。こう言えば分かるでしょう?」

ホヘトの目が微かに見開かれる。
こちらの言葉の意味を察したらしい。
さらに彼の表情が険しさを帯びた。
男としての嫌悪感に駆られたのだろうか。
想像したくもない事実にどう答えればいいのか分からないのかも知れない。
重苦しい空気を和らげる為に、笑ってシーは言った。

「今はもうそんな過去とは無縁です。雷影様のおかげで・・俺はこうして
 まともに生きていられる。あの方は俺にとって恩人で、救世主と言って良い。
 あの方が手を差し伸べてくれなかったら・・俺は、今の俺ではいられなかった。」
「雷影が?」
「・・里がそんな事になっていた事を、あの方は知らなかった。
 上役が知られないようにしていたんです。里を担う上の人間達が、ね。」
「・・・。」
「笑いたかったら笑えばいい。俺も・・里の忍として、これだけはどうしても
 拭い切れない汚点だと思ってる。あんたは・・俺達を笑う権利がある。」

ホヘトは黙っていた。
畳を見つめたまま動かない。
そして呟く。

「・・笑えませんよ。笑える訳がない。」
「・・・。」
「むしろ・・憤りしか感じません。自里の忍にまでそんな仕打ちを。」

ぎり、と彼の拳が強く握られているのに気付いた。
思わず戸惑う。
何故あんたが怒るんだ。
むしろ喜ぶべきなのに。
笑うべきなのに。
訳が分からずシーは眉を顰めた。

「どうして貴方が怒る?俺は・・宿敵の里の忍なんですよ。」
「今はもう、そんな事は気にしていません。貴方はもう俺達の友人だ。」

ホヘトがこちらを見据えて続ける。
目には強い光が揺らいでいた。
再びシーは目を逸らしたい衝動に駆られた。
そう言う目を向けられるのは慣れていない。
それでも努めて視線をホヘトに向ける。
やがて彼が訊ねてきた。

「どうして、そんな重大な話を打ち明けてくれたんです。
 貴方にとっても誰かに話したくはなかった筈だ。」

まさしくその通りだった。
シー自身躊躇いもしていた。
話して良いのだろうか、と。
この話を聞いたホヘトは自分の事をどう思うのだろうか、と。
茶器を手で持ったまま畳を見つめ、シーは答えた。

「・・あんたの言う通りだ。確かに外部の人間には・・話するもりはなかった。
 里の仲間にだって打ち明けた事がなかった。俺自身の・・誇りに関わる。」
「なら何故?」
「・・せめてもの贖罪に、と。」

胸を手で押さえ、シーは呻いた。

「俺はまさか、雷影様が他国にまでそんな手段を使っていたとは思っていなかった。
 里の内部だけの話だと信じていた。増してや・・犠牲が払われていたなんて。」

日向事件の真相を知った時、目の前が真っ暗になった。
雷影の方針が他国の忍達――雲隠れを信じてくれた何の罪もない忍達にまで行使されていたのだ。
自里の忍だけだと思っていた。
その方針に苦しめられていたのは、自分達だけなのだと。
が、現実は。

「俺達雲は・・あんた達を裏切った。貴方達は俺達を、雷影様を信じてくれたのに。」
「・・・。」
「今更何を言おうと許される話じゃない。だから・・・何もかも話そうと思った。」

何故そんな事態に至ってしまったのか。
何故雷影がそうまでして力を欲するようになってしまったのか。
分かってほしかった。
彼にも彼なりの理由があったのだと。
誤解を解きたかった。
それに。

「それに・・貴方達は、俺達の目を覚まさせてくれた。真実を教えてくれた。それで。」
「・・自分の体験した過去を、打ち明けようと?」

こくりと頷き返した。
弱々しく微笑み返す。

「雲忍の皆が皆、そんな事をやらかす奴ばかりじゃないんだと・・分かってほしかった。」

そう、確かにいる事はいる。
が、それはほんのごく少数の人間に過ぎない。
雲の里に暮らすほとんどの仲間は皆人情に厚い人達ばかりだ。
皆が自分なりの誇りを持って、その為に生きている。
誤った先入観を抱いて欲しくなかった。
それ故に自分の過去を打ち明けたのだ。
恥は一切掻き捨てて。

「雲の皆を・・誤解してほしくなかった。だから腹を決めました。」
「シーさん・・・。」
「それに・・俺もその一人ですから。」

フッと小さく微笑む。
ホヘトは複雑な表情でこちらを見つめていた。
無理もない。
話が話なのだから。
それでもシーは先を続けた。

「雲の里にも貴方達と似た傷を持つ者がいるのだと、
 知っていて欲しかった。俺のような者もいると言う事を。」
「・・・。」
「貴方達一族も、宗家と分家で色々揉めたと聞いています。俺達の里が人種間で揉めていたように。」
「・・知っていたんですね。」
「ナルトから聞きました。よくうちの里に来るものですから。」
「そうですか・・・。」

雲の里にナルトが来る度に、彼はこちらに色々な事を伝えてくれていた。
中には里を支える数多の一族の話も多く混じっていた。
日向一族の長年に渡る一族間の不仲も、その時に知ったのだ。
その話を聞いた途端、こう思わずにはいられなかった。
似ている、と。
自分達の里で起こっていた人種間の争いに。
だからこそ言える事がある。
再びシーは言った。

「貴方達を見てると・・つくづく自分を見ているような気がする。」
「?、それは一体・・・。」
「全てです。」
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