□通りすがりの4
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蛍が飛んでいる。
ゆっくりと点滅する小さな光が、幾つも飛び交っていた。
草木に止まってじっとしている蛍。
始終ずっと飛び回っている蛍。
同じ蛍でもこんなに行動パターンが違うのだ。
じっとそれらが飛び交う様子を眺めていると、少し気分が落ち着いた。

「はぁー・・・。」

座敷の机に顎を付けて突っ伏したまま、ザジはただぼんやりと外を眺めていた。
何もせず、ただ座ったまま。
目の前の開け放された障子からは手入れされた庭が見渡せるようになっている。
そして、草が伸びた庭で幾匹もの蛍が陽炎のように漂い、宙に弧を描いていた。

今は夜。
もう七時を過ぎた頃だ。
すっかり暗くなってしまっている。
それでも構わなかった。
今日はここで一夜を明かす事になるのだから。
何気なく自分の今いる部屋を見回した。
畳が敷かれた質素な、それでも重厚な趣のある部屋。
日向家の分家の人々が暮らす屋敷の中の小部屋の一つだ。
ここに来る度にその大きさと広さに圧倒される。
さすがは名門一族の家と言った所か。
廊下沿いに幾つもの部屋が連なっている中でも一番小さなこの部屋は、ここを訊ねる度にいつも自分が通してもらう場所だった。
仄かに部屋を橙色に照らし出す灯篭。
木の机。
微かに香ばしい匂いを漂わせる畳。
白い壁。
木の柱。
どこか落ち着かせる雰囲気がこの部屋にはあった。
静かに目を閉じてみる。
家の中で沢山のチャクラが移動するのが感じ取れた。
廊下を歩く人。
部屋にいる人。
まるで目の前を飛び交っている蛍のようだった。
思わず微笑む。
ここは温かい。
いつだって自分を包み込んでくれる。

今来ている服もいつもの中忍ベストの姿ではなく、簡素な黒の着物だ。
完全に泊まりに来た服装だった。
額当てはとうの前に外していた。
今は忍ではなく、一人のごく普通の少年としてここにいる。
別に自分の家でもいいのだが、今はただ誰かの家族の一員でいたかった。
今日だけはたった一人家で夜を過ごす事に耐えられそうになかったのだ。
理由は言うまでもない。
頭の中で今日の午後に言われた言葉がまだ渦を描いていたからだ。
ぐるぐると何度も。

『どうしてそう言い切れる?』
『あの男は雲隠れだ。』
『たった十日前に知り合った相手なんだぞ。』
『とにかく、あの男には近付かない方が良い。』

ハア、と溜息。
もう何度目になるのかも分からない。
思わず両手で頭を抱える。
あれからずっと考えていたのだ。
コウが言った言葉を。
夕方頃からずっと。
が、幾ら考えようがどうする事も出来なかった。
悩みがどんどん膨らんでいくだけだ。
どうすればいいのだろう。
シーと会うのをやめるのか?
勿論それが一番良いのだろう。
だがもう一つの本心に気付いてもいた。
やめたくない。
切りたくない。
折角同じ共通点を持った人に会えたのに?
初めて本当の意味で分かってくれる人に会えたのに?
そんなの御免だった。
彼との関係を切るなんて。
それだけは絶対したくない。
そんなの嫌だ。
頭の中を幾つもの思いが浮かんでは消えていく。
どうすればいいのだろう。
どうすればいい?
━分かんないよ、コウさん・・・。

「どうかしたのか?」

脇から声を掛けられ、不覚にもザジは飛び上がった。
考え事をしていたせいで近付いてくるチャクラに気付けなかったのだ。
こちらの反応に背後から朗らかな笑い声が返って来る。
ゆっくりと振り向いて声の主に顔を向けた。

「トクマさん・・・、脅かさないで下さいよっ。」
「はは、悪い悪い。珍しく落ち込んでるみたいだからさ。」

そう言うとトクマは気さくに笑ってみせた。
左右それぞれに筒飾りを付けた長い横髪が、その弾みでしゃらりと揺れる。
やや長めに伸ばした茶髪。
整った顔立ち(コウよりも彼の方がどちらかと言えば女顔だ)。
柔らかい印象を与える白い瞳。
コウと同じように額に包帯を巻き、白い襟の付いた黒い着流しに身を包んでいる。
この家に住む人達は皆そう言う格好なのだ。
日向一族の分家――コウもトクマもその一員だ――全員が、包帯で額を隠し、白襟の黒い着流しを着ている。
それは一目で分かる、日向の分家である証だった。
運んで来た盆からこちらの目の前にガラスの器を置きながら、彼が言う。

「布団はここに置いてあるから。枕も置いておくよ。」
「あ、ありがとうございます。」
「好きな時に寝たらいい。ただしなるべく早く、な。夜更かしは禁物だぞ?」
「あはは、了解っス。」

茶目っ気を込めて片目を閉じながら言うトクマに、笑みをこぼして答える。
胡坐を掻いていた脚をゆっくりと崩し、膝を伸ばした。
少し足が痺れてしまったらしい。
じんとした痺れに襲われ、思わず歯を食い縛る。
長い事脚を組んで座っていたせいだろう。
それだけ自分は長い時間何もせずにただ座っていたのだ。
そう思うと思わず苦笑が漏れた。
どんだけ悩んでんだ俺。

端から見ると奇妙な光景に見えた事だろう。
特に何の取り柄もない家柄の生まれで、親がいないごく普通の感知タイプの少年。
その自分が、木ノ葉でも指折りの名家の家で寛いでいるのだ。
が、別にこれは珍しい事ではない。
心寂しくなる度に、ザジは分家の人達のいる家を訪ねては泊まらせてもらっていた。
時々堪らなく人のチャクラが恋しくなるのだ。
日中は仲間といるので気にならないが、家に帰ると途端に頭の中が鎮まり返る。
自分以外のチャクラの他には何もない。
誰もいない。
それは人懐こい自分にとっては堪らなく辛い事でもあった。
だから時々こうして温かみを求めてここを訪ねていく。
やはり人が集まる家は違う、と日向家を訪れる度にザジは感じていた。
家中にチャクラが満ちているのだ。
自分は一人じゃない。
自分はここの一員なんだ。
温かい、くすぐったいような感覚。
ここに来る度に何度それに救われた事だろう。
ザジにとって、日向の分家の人達は家族同然だった。
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