□日はまた昇る16
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「お前をここに入れんの、もうどれ位前になんのかね。」

自分が暮らすアパートの部屋のドアを開ける為、鍵を出しながらダルイは呟いた。
鍵を鍵穴に差し込んで回すとカチャリと音がした。

「分からないな。もう二カ月程経ってるんじゃないか?」

後ろでその様子を見つめていたシーが言う。

「二か月ねぇ・・・もうそんな経ってんだな。」
「あっと言う間だった気がする。」
「俺は凄え長く感じたわ。」

ガチャリとドアを開けて相方を促す。
中を覗き込むように顔を玄関に突き出し、やがて彼は部屋に入って行った。
まるで初めてこの部屋を訪れるかのように。
まあ無理もない。
もうあの夜――最後に肌を重ね合わせた夜の事だ――から一か月以上が経っているのだから。
相方の言う通り、確かにあっと言う間に過ぎて行った数カ月だった。
そして長い数カ月でもあった。
シーが安否不明になり、霧が増援に加わった事で彼を助け出す事が出来た。
それだけですでに三週間が経っていた。
衰弱し切り昏睡状態に陥っていた彼が目を覚まし、再びダルイと言葉を交わしたのはそれからさらに二週間程が経った後になる。
そして今日であの日から二カ月程が過ぎようとしていた。
思い返してみればかなりの時間が経っている。
それだけ自分達は引き離されていたのか。
そう思うとここまでの道のりが随分長い物に思えた。

部屋を見回しながらシーはダルイの部屋に足を踏み入れ、奥へと進んで行く。
個室を通り過ぎる度に、記憶を辿るように一つ一つの部屋を覗いていた。
一番奥の部屋に辿り着き、彼が足を止める。
彼の後に続いて部屋に入るとドアを閉めた。
シーは窓の傍で佇んでいた。
視線は真っ直ぐ窓の外に注がれている。
里の景色がそこから見渡せるのだ。
もうすっかり夜になっていた為、里は暗闇に包まれていた。
建物の窓からこぼれ出ている光。
電信柱に取り付けられた灯り。
その橙色の光が灯篭のように、ボンヤリと夜景に浮かび上がっていた。
吸い込まれるようにシーはその景色を眺めている。
ダルイ自身ここから望める景色は気に入っていた。
何度も見てきた景色。
相方とも共に夜を過ごす度に、この景色を肩を並べて眺めたものだ。
また再びこうして二人で見れるとは。
それだけでも自分にとっては奇跡のように思えた。

「・・またここに戻って来れるなんてな。」

小さく笑みをこぼして彼が呟く。
どこか寂しげな笑顔だった。
窓に歩み寄り、窓ガラスに手を添えてシーは続けた。

「懐かしいな・・・。上手く言い表せないが、とにかくそう思う。」
「ま、ようやく仮退院だもんな。」
「随分待たせたんじゃないか?」
「いや、そうでも。だけど何か、最後にお前とここで過ごした日が、凄え昔の事に思えてくるよ。」

そう言うとダルイはソファに腰掛けた。
背凭れに体を預けて息をつく。
ここに座るのも久しぶりな気がする。
相方が入院している間、自分の頭の中からは「休む」と言う言葉が抜けてしまっていた。
ベッドで寝る位しかこの部屋を使ってはいなかった。
それだけシーの不在が自分の生活に影を落としていたのだろう。
身近過ぎて全く気付いていなかった。
要するに生活に支障を来たす程に、自分は彼を渇望していたのだ。
彼の存在が自分の中で大きな物になっていたのだ。
それに気付くのにこれだけ時間が掛かってしまったのが不思議だった。
何故もっと早く気付く事が出来なかったのだろう?

沈黙が流れた。
シーは窓の傍で立ち尽くしたまま、ダルイもソファに腰掛けたままだった。
お互い何も言わず、そして動かない。
今はただ感じていたかった。
シーと共にいる時間を。
やっと戻って来た彼との時間を。
が、やがてシーがそれを断ち切った。

「再現、してみるか。」
「え?」

いきなりの相方の言葉に思わず間の抜けた声を出した。
不敵な笑みを浮かべてシーが繰り返す。

「再現してみないか。あの日の夜と同じ事を。」

目を見開いてシーを見つめ返す。
言葉の裏に忍ばされた意味に気付くのに数分掛かった。
そしてそれに気付いた途端、愕然としてしまった。
つまり彼は。

「・・それ、ひょっとして誘ってんの。」
「ああ。」
「本気なのか?」
「嘘はつかない。本気だ。」

あっさりと彼が答えた。
思わず言葉を失ってしまう。
ソファから立ち上がり、ゆっくりとシーに歩み寄る。
すっかり戸惑ってしまい、間誤付きながらダルイは言った。

「だけどお前・・退院したばっかだろ。それに全快じゃねえ。」
「もう治った。」
「ばっか、青さんが様子見だって言ってたろ。それに・・・。」
「お前は、嫌なのか?」

笑みを消して無表情で彼が問い掛けてくる。
一瞬言葉に詰まったが、やがて続けた。

「嫌、なんかじゃねえよ。したいに決まってるさ。気持ちとしては凄く嬉しい。
 こちとらもう長い事お前と離ればなれだったんだ。」
「なら何故そうしない?」
「・・お前はこないだまでずっと、悲惨な目に遭わされてたろ。強姦されて、薬漬けにされて、被験体にまでされてた。」

手術室で自分達が発見した時のシーの姿を、今でも鮮明に思い出す事が出来た。
青白い肢体に赤黒くこびり付いた血と白く染み付いた精液。
散々辱しめられた傷だらけの体。
が、それ以前から相方は体に付けられた見えない傷を長い事引き摺っていたのだ。
首を振ってダルイはさらに続ける。

「・・いや、それだけじゃねえ。それより前も上の奴らにずっと好き勝手に遊ばれてた。体だけ要求されて。」
「・・あれはもう終わった事だ。もう俺はあいつらとは寝てない。」
「だけど、傷付いてるって事に変わりはねえだろ。」

こちらの言葉に微かにシーの表情が動いた。
ガシガシと髪を掻き分けてダルイは言う。

「要するに俺が言いたいのは、俺はお前を大切にしたいって事。上役とか先輩みたいに、お前を傷付けたくねえんだよ。」
「ダルイ・・・。」

怖かった。
またシーを傷付けてしまうのではないか?
彼を散々傷付けてきた、同胞(ブラザー)の上司や先輩達のように。
もう十分過ぎる位に相方は沢山の傷を抱えているのだ。
もう何からも傷付けさせたくない。
これ以上彼を苦しませるつもりなどなかった。
だがもし自分の中にも彼らと同じような、どす黒い感情があるとしたら?
彼らと同じように自分をシーに一方的に押し付けてしまうのではないか?
自分も彼らと同族なのではないか?
それがとにかく怖くて仕方がなかった。

「ダルイ。」

シーがこちらに歩み寄って来る。
ダルイの腕を取り、そのまま導くようにベッドへと向かう。
ボンヤリとただ彼に腕を引かれるままになっていた。
そしてされるがままに寝台に引き込まれるように押し倒された。
向こうからされるのは初めてのように思う。
人形のような相方の顔が見下ろしてくる。
場違いにも「やっぱ綺麗だな」と思ってしまった。

「シー、こら。」
「いいから、黙ってろ。」
「駄目だって。」

諭すように言い聞かせるも無駄のようだ。
縋るようにこちらの忍服の胸元に顔を埋め、消え入りそうな程小さな声で彼が呟いた。

「頼むから、こうさせてくれ・・・。」

思わず息を飲んだ。
そんな声で言われたら、縋られたら。
断る事すら出来ないじゃないか。

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