□日はまた昇る15
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パチリと目を開けた。
魚が水面から跳ね、空気の中に飛び出していくような、そんな感覚だった。
呼吸が荒い。
脂汗も掻いている。
息をついて天井を見上げ、青は一瞬自分がどこにいるのか分からなくなった。
視界に飛び込んで来る白い天井と蛍光灯。
暫くじっとそれを眺めた。
そして思い出す。
自分は今病院の一室にいるのだ。
━少しだけ、休むつもりだったんだが・・・。
むくりと起き上がると着流しの袖で額を拭った。
簡易ベッドで横になり、そのまま眠ってしまったらしい。

「青様?」

低い声が聞こえた。
すぐ傍で誰かのチャクラが動くのが感じられる。
冷たい水のように鋭く尖った、それでいて落ち着いている穏やかなチャクラ。
すかさず黒髪の男性がこちらの顔を覗き込んで来る。
逆立った黒い髪に、切れ長の黒い目。
キリだ。
いかにも真面目な印象を与える顔は心配そうに歪められていた。

「大丈夫ですか。随分うなされていましたが・・・。」

一瞬目の前にいる彼が幻のように思えた。
立体ではなく平面の画像を見ているような感覚。
ボンヤリとした目でその若い医療忍を見つめ返した。
やがてだんだん頭がはっきりしてくる。
単調な平面の画面がじわじわと立体に浮き出てくる。
意識が完全に眠気から戻って来ると青は小さく呟いた。

「・・いや、大丈夫だ。心配はいらない。」
「そうですか・・・ですがこの間から無理をし過ぎです。疲れてるんですよきっと。」
「はは、そう心配するな。済まないが水を取ってくれ。」

すぐにキリが水の入ったペットボトルを持って来た。
それを受け取ると水を喉に流し込む。
そしてようやく落ち着きを取り戻した。
何故あんな目覚め方をしたのか。
何かから逃れるような、何かを締め出すような目覚めだった。
おぼろげな記憶の糸を手探りで辿って行く。
夢を見ていた気がする。
遠い昔の夢を。
あれは何の夢だったか。
そして突如全てがまざまざと思い出された。
若い頃の自分。
皆から笑い者にされていた自分。
己に付き纏うかのように離れてはくれなかった孤独と、周囲からの視線。
いくらもがいても逃れられる事は決してない。
まるで出口のない迷路を彷徨っているように。

━酷く、懐かしい夢だった―――・・・。
そして出来れば思い出したくはなかった夢だった。
「懐かしい」。
その言葉通りの記憶ならどれだけ良かっただろう。
安らかで穏やかな夢なら。
笑顔でいられた夢なら。
どれだけ良かった事か。

「青様。」

キリが再び呼び掛けてくる。
我に返って青も彼を見た。
何も言わずにただ黙って頷く。
それでも相手の表情が変わらなかった為、こう付け加えた。

「大丈夫だ。問題ない。」

複雑な表情でキリはこちらを見つめていた。
そんなに自分はやつれて見えるだろうか。
そうなのかも知れない。
何せ連日であまり眠っていないのだから。
だが恐らく例え横になっていたとしても眠れなかっただろう。
何故か?
何がそこまで自分を突き動かしたのか?
答えは単純だ。
━シー。
あの自分と似ている青年を何としてでも助けたかった。
彼には何としてでも生きてほしかった。
ここまで強く誰かにそう願ったのは初めてかも知れない。
彼を失くしてしまう事は自分を失くす事と同然に思えたのだ。
あの若者は自分の鏡だ。
若かった頃の青そのものだ。
そう、彼を助ける事は青自身を助ける事でもあった。
それがエゴだと言う事は分かっている。
一方的で自己中心な感情だと言う事も。
全て分かっている。
それでも。

「・・助けたかった、それだけなんだ・・・。」

手で両目を覆い、誰に言うでもなく小さく呟いた。
キリは戸惑ったに違いない。
自分がこれ程牙を削がれた様子を他人に見せた事などないのだから。
だがこれが本当の自分だった。
そして、あの時目覚めたシーの前で見せた顔も本当の自分だった。
初めて他人に見せた本来の自分としての顔だった。

暫く何も言わず、再び青は簡易ベッドに体を横たえた。
チャクラが頭の中で響き合っている。
病室の外、廊下や階段を行き来するチャクラ。
病院の外を行き交うチャクラ。
そのどれもがそれぞれ違った質を持っている。
同じチャクラは一つもない。
目を閉じてその感覚の世界に浸る。
常に自分の傍にあった世界。
感知能力者にしか分からない感覚。
まだ若かった頃、孤独に呑まれそうになった時には決まってこうしたものだ。
チャクラはいつも自分を慰めてくれる。
それは今も変わらなかった。
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