□残響
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+ユギトとシーが姉弟設定
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「その日」は確か曇天だった。
と言っても自分達の里はいつでも曇り空しか見せてはくれない。
そして「その日」もいつもと変わらず空は曇っていた。
白い雲や灰色の雲に覆われたモノクロの空。
まるで色褪せた写真のようだった。
それか、昔のカメラで撮ったようなモノクロ写真のような。
せめてこの日だけは綺麗な青空を見せてほしかった。
いつだって天気は残酷なのだ。
そして「その日」も例外じゃなかった。

二人の男性がシャベルで草の生えた地面に穴を掘っていく。
シャベルの切っ先がざくりと地面に刺さり、そして黒い地面を掘り起こしていく。
その様子をただ黙って自分達の一族が見守っていた。
褐色の肌の人達と白い肌の人達。
沢山の人達が穴の周りを取り囲むようにして立ち尽くしている。
自分達の家は一族で綺麗に肌の色が違っていた。
その中に紛れるようにして、自分達も皆と同じようにその様子を見つめていた。
二人共喪服用の黒い服を着て。
同じ様な髪型で。
どちらかと言えば男子のような性格だった自分は、弟と同じ位短く髪を切っていた。
隣に立つ弟は呆然と、地面に大きな穴が広がって行く様を見つめていた。
女の子にも見えてしまう程綺麗な横顔。
人形のような顔。
あの人にそっくりだった。
やっぱりこの子はあの人の遺伝子をしっかりと受け継いでいるのだろう。
木の実のような大きな黒い目は何も見ていないようだった。
自分もきっとそうだ。
これはきっと夢。
悪い夢を見てるんだ。
そう思いたかった。
目を開ければすぐにあの人に会える気がした。
いつも楽しそうに鈴のような声で笑い、自分達の事を誰よりも愛してくれたあの人に。
母さん、と思わず言葉が口をついて出てきた。
母さん。

+ + +

棺に横たわる母は本当に綺麗だった。
その細い体を包み込むように、彼女の周りに沢山の花を敷き詰める。
白、黄、オレンジ、赤。
母が大好きだった色とりどりの花々。
まだ母が生きていた時、いつもあの人の傍には花があった。
綺麗な花を花屋で見つける度に、自分はそれを買って母に届けていた。
いつも床に伏せりがちなあの人を喜ばせたくて、驚かせたくて。
背中に花を隠して部屋に入り、どこからともなくそれを出して見せた時の彼女の顔は今でも忘れられない。
黒い瞳を丸くさせて、その後すぐに嬉しそうに、母は花が咲くように微笑みを浮かべてくれた。
そして花を受け取りながらこう言うのだ。
ありがとうユギト。
大切にするわ、これは私の宝物だもの。
そして本当にそうしてくれた。
一輪一輪の花を、一つずつ丁寧に押し花にして大切に漆塗りの箱の中に仕舞っておいてくれたのだ。
本当に優しい人だった。
自分の人生の中で、誰よりも優しく、誰よりも温かい心を持った人だった。

+ + +

棺がゆっくりと運ばれてきた。
白く冷たい石で出来た、縦長の棺。
その上に白と黄の色の花輪が載せられていた。
あの人が好きだった花。
花輪は自分達姉弟が二人で作った物だった。
片側に二人ずつ、親戚の人達が付いて棺を運んでいるのが見えた。
自分達のすぐ横を棺が通り過ぎて行く。
母の棺。
あの人の体が入れられた、縦長の白い箱。
黙ってそれが穴の傍に運ばれていくのを見つめた。
きゅ、と何かに袖を掴まれるのを感じた。
弟の手だ。
何かを訴えるかのように、力を込めて彼が自分の袖を握っているのだ。
痛い程気持ちを理解する事が出来た。
嫌なのだろう。
母がもうじき本当にいなくなってしまう事が。
もう日の目を見る事が出来なくなる事が。
自分達の世界から消えてしまう事が。
でもどうする事も出来ない。
自分達に出来る事はただ一つ。
この悲しい儀式が終わるのを待つ事だけ。

+ + +

「もう長くないみたい。」

いつもと変わらない穏やかな調子で、母はそう言った。
あの温かい笑顔で。
思わず目から涙が溢れそうになった。
それを見た彼女がころころと笑う。
すらりとした細い腕を布団の下から伸ばし、こちらの頬に手を添えてあの人は言った。

「泣かないでユギト。お母さんは本当にいなくなる訳じゃないの。」
「嘘・・・いなくなっちゃうんでしょ。私分かってるんだから。」
「貴方の目には見えなくなるわ。でも私の心はいつだって貴方の中で生きてる。それを忘れないで。」
「そんなの無理・・・私一人じゃあいつの事、守ってやれないよ。」

優しくあの人が続ける。

「貴方は強くて優しい子。あの子も貴方と同じ位優しい子。」
「あいつは・・・本当優しい奴だよ。だけど私・・・。」
「お母さんの子だもの。大丈夫よ。貴方なら大丈夫。」
「そうかな。」
「そうよ。自分を信じて?」

そう言って彼女は微笑んだ。

その翌日、母は死んだ。

美しい死だった。
任務で命を落とした訳でも、誰かに殺された訳でもない。
苦しみながら痩せ衰えていった訳でもない。
眠りにつくように、静かに息を引き取っていったのだ。
彼女の遺体は死んでいるとは思えない位綺麗だった。
人形のように完璧だった。
傷一つない、完璧な偶像。
最後まであの人は、あの人自身の純潔を守り通したのだ。
最後の最後まで母は純白だった。
染み一つない、真っ白な絹のように。
美しい石膏の像のように。
何もかもが完璧だった。

+ + +

母の棺が穴に入れられる。
棺は石で出来ていて重かった為、四人掛かりでようやく入れる事が出来た。
棺は重たい。
でもあの人の体は羽根のように軽いのだ。
もう動く事も、笑う事も、声を出す事もない。
もう名前を呼んでくれる事も。
もう何も出来ないのだ。
そう思うと胸が締め付けられた。
精一杯唇を噛み締めて涙を堪える。
絶対に泣かない。
弟がいる傍では絶対に。
この子を不安にさせてはいけない。
それに約束したのだ。
「笑ってお母さんを見送ってね」、と。
あの人と自分が交わした、最後の約束。
最後の指切りだった。

棺に土が被されていく。
掘り返した土を、再び二人の大人がシャベルで穴に戻していく。
ドシャリドシャリ。
音を立てて土が棺のつるりとした表面に当たる。
白い棺を埋めていく。
私達の母の入った箱。
白くて細長くて、冷たい箱。
白が埋められていく。
黒い土の中に消えていく。

「あねさま。」

傍らで小さな声がした。
か細く今にも消えてしまいそうな程の、小さな声。
見ると弟が涙を溜めた目でこちらを見つめ返していた。
大きな目。
木の実みたいな目。
黒オリーブみたいに艶のある、優しい光を宿した瞳。
自分よりも丸っこい、あの人にそっくりな瞳だった。

「大丈夫だよ。」

そう言って小さく微笑んでみせ、彼のお人形のような手を取った。
本当は今にも泣き出したかった。
でも何とかそれを抑える。
優しく力を込めてきゅっと弟の手を握った。
そして同じ位優しく囁き返した。

「これからは、私があんたを守ってあげる。」

━さようなら、愛しい人。

(貴方が死んだ日)

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