□日はまた昇る14.5
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+過去話
+シーが上層部に入った頃の話

自分の目が信じられない。
人違いではないか。
他人の空似ではないか。
幾つもの考えが頭を過ぎるが、心の裏ではどれも違うと言う事は分かっていた。
『自分は彼を知っている。』
胸の奥底で確信が生まれた。

「今日から直轄の部下として配属される事になりました。シーと申します。」

礼儀正しく深々と頭を下げ、金髪の青年は目の前で跪いた。
その痩身の感知タイプの忍を、エーはただ見つめる事しか出来なかった。
似ている。
否、似ている所ではない。
白人特有の柔らかな金髪。
乳白色の滑らかな肌。
艶やかな漆黒の虹彩。
人形のように整った顔。
全く同じだ。
あの時見た子供の姿と何もかもが一致している。
数年前に肌を重ねた白人の少年。
極秘で自分の性欲処理役として、一度だけ部屋に入れた事のある子供。
シーはその子供にそっくりだった。
否、恐らくは。
━・・・まさか、また巡って来るとはな。
彼だ。
頭の中でエーは確信した。
瓜二つなのではない。
彼なのだ。
同一人物に違いなかった。
あれから長い年月が経ち、彼はすっかり変わっていた。
前よりも大人びている。
身長も伸びているし顔立ちも大人のそれだ。
体型も華奢な体つきではなく逞しく引き締まった、適度に筋肉の付いた体躯になっている。
成長したのだ、と心の中で感じた。
あれから大きくなったのだ。
妙な気分だった。
久しく顔を見ていなかった小さな親戚が、すっかり大きくなって訪ねて来た時のような気分だった。
自分と彼は全くの赤の他人同士なのだが。
生きてきた世界も違う。
それは自分の褐色の肌と、彼の白い肌が生々しく物語っている事実だった。

「俺は感知タイプですが、医療忍でもあります。実戦では治療役に回る事が多いでしょう。」
「成程、そうか・・・。」

ハキハキと話すシーの黒い目をエーは見つめた。
強い瞳だ。
意思を強くもった真っ直ぐな眼差し。
曇り一つない迷いのない目。
嫌いではない。
心の中でそう呟いた。
むしろ彼のような若者は好感を持てる。
上役の中には未だに肌の色にこだわる輩も多くいる。
実際里の上層部にいる人間の多くは黒人だった。
「ここは白人の入る領域ではない。」
「白人が入って来て良い場所などここにはどこにもない。」
そうした偏見は未だに彼らの意識に染み付いてしまっている。
だがもうそんな時代は終わらせるべきだ。
変わらなければならない。
里ではまだ人種間での諍いが燻ぶっていた。
同じ里の仲間同士にも関わらず、互いを敵同士のように罵り合い、睨み合っているのが今の現状だった。
里の内部で分裂してしまっていては何も始まらない。
白人であるシーをこの塔に迎えたのは、そう思って故の行動だった。
勿論彼を選んだ理由はそれだけではない。
優れた感知能力と医療技術。
冷静な判断力。
そして頭脳。
それらを見込んで自分は彼を引き抜いたのだ。
だがまさか、その彼があの子供だったとは。
巡り合わせとは何と不思議な事か。
知らず知らずの内に意識はあの時に戻って行っていた。

+ + +

大きな広いベッドの上で、少女のように華奢な子供が死んだように横になっていた。
むっとする独特の甘い香りが鼻を突く。
部屋には先程まで行われていた情事の熱気がまだ漂っていた。
微かな息遣いが聞こえてくる。
熱に浮かされたように荒い、小さな息遣い。
汗ばんだ白い肌をシーツから覗かせ、子供は息を整えようと何度も荒い呼吸を繰り返していた。
ハア、ハアと疲れの混じった浅い呼吸。
苦しそうだ。
その様子を複雑な面持ちでエーは見下ろしていた。
ケホリと少年が咳き込む。
時々聞こえてくる声は掠れ切っていた。
喉を痛めてしまったようだ。
原因は十分な程に分かっている。
他でもない自分だ。
━やり過ぎたな。
手加減をしてやるべきだった。
ただでさえ折れそうな細い体をした子供なのだ。
自分と比べると体力的にも体格的にも、圧倒的な差がある事は目に明らかだった。
自分にとってはただの情事である行為も、彼にとっては拷問に近かったに違いない。

「平気か。」

声を掛けるとビクリと彼は肩を震わせてみせた。
恐る恐ると言った様子でこちらを見上げる。
大きな黒い瞳がじっと見つめてくるのを感じた。
怯えたような目。
否、探るような目だった。
「相手は自分をどう思っているのだろうか。」
そんな言葉が直接脳裏に伝わってくるようだった。
掠れ切った声を必死に出そうと喘ぎながら彼が答えた。

「だ、いじょ、ぶ、です。」

何とか彼は大丈夫そうに振る舞おうとしているのだろう。
が、どう見てもそうは見えなかった。
体力を使い切り、ぐったりとした様子でベッドに横たわる姿からは弱々しさしか感じられない。
無理もなかった。
止めてやるべき所で自分が止まらなかったからだ。
今になって後悔が押し寄せてくる。
が、彼が再び言った。

「大丈夫、です。本当に大丈夫です。」

さっきよりもはっきりとした声だった。
突き放すような言葉にも聞こえた。
うわ言のように何度も彼はそう繰り返した。
ふと少年の白い体に視線を移す。
シーツから覗く細い腕や脚。
そして。
━?
白い肌に浮き出た染みのように、痣が出来ている。
手形のような、誰かに腕や脚を掴まれたような痕。
何気なくその生々しい痕を見つめた。
先程の行為では腕や脚を掴んだ覚えはない。
誰か他の相手にされたのだろうか。
他の相手?
━他の奴らとも?
自分以外の相手とも彼は寝ているのだろうか。
恐らくそうなのだろう。
そう思った途端愕然としてしまった。
こんな子供が?

暫くベッドで死人のように眠った後、子供はそのまま部屋を去って行った。
顔を俯かせ、細い体に簡素な着流しを纏った彼の後姿を、黙ってエーは見送った。
乱れた金髪に、着流しの襟元から覗く白いうなじ。
服の上からでも分かる華奢な体。
何故かその小さな背中から目を離す事が出来なかった。
そして、それはいつまで経っても心に強く焼き付いていた。

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