□日はまた昇る14
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ザアアア、と水が勢い良く流れ落ちて行く音がする。
鬱そうと生い茂った森林の真ん中で、目の前にそびえる滝を見上げた。
大きな滝だ。
滝が伝う崖には幾つもの木の根が這い回っている。
滝壺の周りには亜熱帯を連想させる樹木が密集し、見つめているとこちらに迫って来るような錯覚を覚えた。
子供の頃にこの場所の話は何度か耳にした事はある。
真実の滝。
己の本当の心を映し出す、『鏡』となる場所。
そして、人柱力であるビーが長年過ごしてきた修行場所だ。
尾獣をコントロールする為に篭ってきた場所でもある。
まさか自分がここに来る事になるとは。
ただの感知タイプの忍でしかない自分が。
不思議に思えてならなかった。
━・・ビーの奴、考えてくれたんだな。
力強く水を湛えた滝を見つめ、ビーがこの場所を選んだ事に納得した。
確かにここなら手っ取り早く己と向き合う事が出来る。
一刻も早く真相が知りたい。
一番それを知っているのはもう一人のシーに違いなかった。
が、心の底ではまだ不安もある。
夢であれ程自分の影に追い詰められてしまったのだ。
今更向き合えるのか。

『思い出せよ。』
『自分でも分かってるんだろ?』
『何が違う?』
『お前は売女だ。』

拳をきゅっと握る。
向き合わなければ駄目だ。
いつまでも過去から逃げていては何も変わらない。
自分はもう泣いてばかりいる子供ではないのだ。
一人でもない。
自分は雲隠れのシーだ。
皆がそう認めてくれている。
気を確かに持てばいい。
両手で自分の頬をぱしっと叩く。
━俺は忍だ。

「心の準備は出来てるか?」

背後から声を掛けられ、ゆっくりと振り返る。
腕組みをしたビーがすぐ後ろに立っていた。
普段のお気楽な雰囲気はどこにも感じられない。
彼なりに真剣に手助けしようとしてくれているのだろう。
頷いてシーは答えた。

「ああ、準備万端だ。」
「オーケー。それじゃあまずは、あの小島に座って目を閉じてみろ♪感知の修行で座禅組むような感じだ♪」

ビーが滝壺に浮かぶ小さな丸い草地を指差す。
丁度人が数人程立てる広さの小島だ。
もう一度滝を見上げ、シーは歩き出した。
ぱちゃりと滝壺の水面に足を置く。
小島に降り立ち、その真ん中に腰を下ろす。
足を座禅の形に組むと、脚に両手を載せて目蓋を閉じた。
━集中しろ――――。
そう自分に言い聞かせ、暗闇に意識を集中させていく。
意識の奥深くまで潜り込んでいく。
そして。
━!
気付けばいつの間にか真っ白な空間に一人座っていた。

+ + +

白い。
一面が真っ白だ。
自分の他には誰もいない。
森林もなければビーも見えない。
あるのは目の前で激しく流れ落ちていく滝だけだった。
━ここは――――。
ぐるりと辺りを見回してみる。
どうやらここが精神世界のようだ。
と。

「何だ、誰かと思えばお前か・・・。」

突然聞こえた声に反射的に前に向き直る。
独特な響きを持つ低い声だ。
目の前の滝にじっと目を凝らした。
誰かが滝の向こうにいる。
やがて再び声がする。

「まさかお前の方から俺に会いに来るとは思わなかったな。」

ゆっくりと声の主が近付いて来る。
滝の水の間から脚が見えた。
続いて胴体。
そして。

「また泣かされに来たってか?お前も懲りない奴だ・・・。」

自分と全く同じ顔をした男。
目の光彩は赤く、白目に当たる部分は黒い。
夢で見た時と同じ、歪んだ歪な笑みを浮かべている。
唯一違っているのは、相手が子供の姿ではなく今の自分と全く同じ容姿をしている事だった。
もう一人の自分。
シーが長い間抑え込んできた、もう一人の。

「・・お前が、ずっと俺の中にいた俺か。」
「ああ、そうだ。詳しい話はビーから聞いてるらしいな。」
「何故分かる?」
「俺はお前だ。お前の事なんて全部お見通しなんだよ。」

唇の端を噛み締め、シーは切り返した。

「俺の感知能力を使えなくさせたのもお前だな?」
「随分と人聞きが悪いな。俺はただお前の望んだ通りにしたまでだ。」

自分の胸をトンと親指で叩いて彼が言う。

「今は俺の中にある・・・俺がお前の代わりになってやったんだ。」
「・・今すぐ返せ。それは俺の力だ!」

突然相手が笑い出す。
そこには不気味さすら感じ取れた。

「力?それなら何で里の奴らは俺達を笑い者にしてきたんだろうな。」
「!」
「あいつらにとっての力ってのは、闘う力の事だ。お前の感知能力なんざ力の内にも入らない。」
「・・・っ。」
「こんな能力を持ったせいで、俺達はろくな生き方も出来なかった・・・感知タイプなんかに生まれたせいで!」
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