□日はまた昇る12
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日が暮れかけている。
ふと顔を上げ、ダルイはようやくその事に気が付いた。
窓から降り注ぐ橙色の陽光が、がらんとした病室を照らし出している。
自分達の他には部屋には誰もいない。
目の前のベッドを静かに覗き込んだ。
細い体を柔らかい寝具に横たえさせて、シーが糸が切れたようにぐっすりと眠り込んでいる。
今までに彼に付き纏っていた憑き物の全てが、すっかり綺麗に落ちてしまったかのようだった。
それだけこの親友は今まで長い波瀾の中にいたのだろう。
ようやく心の底から休む事ができる。
そう言っても過言ではないのかも知れない。

病院の屋上で、自分は彼の過去を知った。
今までどれだけの苦悩に耐えてきたのかを。
どれだけの痛みを抱えてきたのかを。
知り合ってから十年以上も経った今になって、初めて聞かされた打ち明け話だった。
そっと彼の頬に手を添える。
白い肌にゆっくりと指を滑らせた。
滑らかな肌だ。
男にしては整った肌だと感じた。
そして今度は金髪に触れる。
淡黄色に色付いた髪も男の髪にしては柔らかい。
男性特有の無骨さと言う物を、この男は生まれつき持ち合わせなかったのだろう。
しなやかな肢体と整った顔立ち。
柔らかな髪。
そう言った物を持ち合わせていたせいで、大人から目を付けられてしまったのだろう。
自分とは何もかもが正反対の容姿だった。
大柄で、骨太で、いかにも男だと分かる自分。
痩身で容姿端麗な、一見すると女にも見えてしまう彼。
黒人の自分と白人の彼。
何もかもが違っていたのだ。
歩んできた道すらも。

━・・けど、だからこそ俺は、こいつに惹かれたんだ。
自分にはない能力。
正反対の意見や物の見方。
それらを持っていたシーの存在はただただ眩しかった。
そう、まるで稲妻のように。
━・・本当、『稲妻』みたいな奴だった。
突かれれば尖ってみせ、馬鹿にされれば猛然と切り返す。
それがシーだった。
相手に屈した事も一度もない。
それだけ彼は気高い男だったのだ。
彼の真っ直ぐで自分を曲げない性格が、好きだった。
羨ましかった。
━・・お前は俺を羨ましいって言ってたが、逆に俺はお前が羨ましかったんだよ。
傷付けられていても彼の純潔さは変わらない。
誰にも彼を穢す事は出来ないだろう。
誰にも心を明け渡す事もない。
誰にも屈しない。
それがシーと言う男なのだ。

どれ位の間そうしていただろうか。
やがてドアの向こうからノックの音がした。
ドア越しにくぐもった声も聞こえてくる。

「入っても構いませんか。」

ピクリと耳をそばだてた。
誰の声なのかすぐに分かった。
相方のような感知能力はないが、聴覚にはそれなりの自信がある。
戦闘の場にいると自然と周りの音を拾おうとするものだ。
敵の足音。
茂みが立てる音。
金属同士がぶつかり合う音。
相手の動きから伝わる空気の音。
長い間戦いに立ってきた自分は耳も良い方だ。
ドアを振り返り、ゆっくり答える。

「いいっスよ。水影さん。」

ドアが開き、ゆったりと水影が姿を見せた。
長く伸ばした鳶色の髪に翡翠色の目。
色白の肌がそれらをより映えさせていた。
露出した細い肩がいかにも艶かしい。
同世代の男性が見れば、彼女が大人特有の魅力を備えたグラマラスな女性に映った事だろう。
微笑みを浮かべて彼女が笑い掛ける。

「相方の彼は眠ったみたいね。」
「ええ、お陰様で。・・後で青さんに、ありがとうございますって伝えといて下さい。」
「ふふ、分かりました。」

小さく笑い返してみせると彼女も同じ様に笑顔で請け負った。
やがて水影がこちらに歩み寄り、切り出す。

「実は、貴方に話しておきたい事があるの。一度、外まで御一緒しません?」

水影の言葉に思わず目を見開く。
話?
一体何故。
他里の長の側近などに。

「話・・・っスか?」
「ええ。貴方にね。」

静かに頷いて彼女が言った。

「二人きりで話した方がいいわ。散歩がてら、外の空気を吸いながら話をしましょう?」

黙ってこの他里の長を見つめた。
しがない側近である自分に、水影は話があると言う。
一体何の話なのだろうか。
が、考えても勿論それは分からなかった。
長らく考えた末に仕方なく頷いた。

「・・分かりました。御供させてもらいます。」
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