□日はまた昇る12.5
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里の門の前に立ち、カルイはひたすら遠くまで伸びた里と外を繋ぐ道をじっと眺めていた。
高い切り立った山脈が黒々としたシルエットになって、里の傍でそびえ立っている。
日はとうのとっくに暮れてしまい、もうすぐ夜が明けようとしている時間帯だ。
もう一、二時間かすれば山の間から日が顔を出すに違いない。

ダルイ達が行ってからどれ位経っただろうか。
そんなに経っていないのかも知れない。
もしくは結構時間が経ったのかも知れない。
でもそんな事はどうでも良い。
自分はただ、彼の姿を見れればそれで良いのだ。
━・・シーさん・・・。
胸の前できゅっと両手を握り締める。
オモイはシーを助けるにはもう遅いのではないか、とこぼしていた。
カルイ自身、内心ではそんな思いがあった。
が、すぐに自分を叱咤してその考えを打ち消した。
そう簡単に彼が死ぬ筈がない。
そんな事があればもうどうしていいか分からなくなってしまう。
シーがいなくなる。
そう思っただけで胸が張り裂けそうだった。
それだけは嫌だ。
そんなの嫌だ。
彼に死んでほしくない。
彼に会いたい。
心からそう願っていた。
シーが行方不明になっていたこの数週間は、身を焦がす程に寂しかったのだ。
━あの人が死んだら、ウチ、もう訳分からなくなっちまうよ・・・。
自分はそんなの信じない。
生きていてほしい。
無事に戻って来てほしい。
そんな思いでひたすら里の門の前に立って待っていた。

「帰って来たぞ!」

見張り台から張り上げる声がした。
ざわざわとその声を聞き付けた人達が一斉に門に向かってくる。
ハッとしてカルイは前方に目を凝らした。
遠くに幾つもの人影が見え、こちらに近付いてくる。
やがてその人物の一人の顔が見えた。
ダルイだ。
布で包まれた何かを抱えて、俯きがちに里へと歩を進めていた。
帰って来たのだ。
━戻って来れたんだ・・・!
無事に助け出せたのだろうか?
シーは大丈夫なのだろうか?
居ても立ってもいられず、迷わず真っ直ぐに門から駆け出した。
はやる思いを押さえる事が出来ず、上ずった声で叫ぶ。

「ダルイ隊長!お帰りなさい!」
「カルイ・・・。」

驚いたように彼が目を見開き、立ち止まる。
息を切らして駆け寄ると、カルイはダルイの腕を掴んで相手を見上げた。

「お前、ずっと待ってたのか?」
「目が冴えちゃってたんです。寝られなかったから。」

すかさず詰め寄り、ダルイの腕を掴む手に力を入れた。

「シーさんは?助け出せたんですか?無事だったんですか?」
「・・シーは・・・。」
「ダルイ隊長?」

ダルイは苦しそうに顔を歪めた。
その瞬間胸の奥で不穏な予感が働いた。
まさか。
そして彼が呟く。

「大丈夫だ・・、無事に連れ戻して来たよ。ちゃんと生きてる。」

その言葉を聞いた途端、一気に体から力が抜け落ちた。
生きている。
無事にダルイはシーを連れ戻してくれたのだ。

「そっか、良かった・・・。」
「ああ、・・だけど・・・。」
「?」

そして今になってダルイが抱えている何かに気が付いた。
白い布――ベッドシーツだろうか――に包まれたそれ。
ダルイの両腕に抱えられ、だらんと布の端を垂らしている。
よく見ると布から中身がはみ出していた。
白い何か。
否、何かではなく人の顔だ。
見覚えのある整った小綺麗な顔。
が、痛ましいほどにその顔は傷だらけだった。
赤黒い切り傷や痣が点々と顔に刻まれている。
くすんだ金髪がシーツから覗いていた。
肌は生きているとは思えない程に真っ青だ。
まるで魂を抜かれてしまったように、その表情には精気が感じられなかった。
その瞬間全てを理解した。
シーツに包まれていたのは傷だらけで腕を垂らし、死人のように項垂れたシーだったのだ。

「シー・・さん・・・?」

震える手でシーツに手を伸ばす。
が、大きな褐色の手に腕を掴まれ止められた。
見上げるとダルイが悲痛に歪ませた表情でこちらを見下ろしていた。
押し殺したような声で彼が言う。

「見ないで、やってくれ・・・。」
「え・・・」
「見ないでやってくれ、頼むから・・・っ!」

そう言うと彼はこちらの体を引き寄せ、肩に顔を埋めた。
微かに肩を震わせてダルイはただ絞り出すような嗚咽を漏らしている。
こんなに取り乱した彼を見たのは初めてだった。

「悪い、カルイ・・・。お前の先輩、助け出すのが遅過ぎた・・・っ。」
「・・・隊長・・・。」
「あいつら、こいつを実験台にしてたんだ・・・っ!見てられない位酷い目に遭わせて・・・っ。」

お前に今のシーを見せたくない。
こいつだってそんなの望んじゃいない筈だ。
後輩のお前に、そんな姿晒せるかよ。
絞り出すようなダルイの言葉をただ呆然と聞いていた。
シーは生きて帰って来た。
生きてはいる。
が、取り返しのつかない程の傷を負わされたのだ。
どうやって、など考えたくもない。
いくら子供でも何となく想像はつく。
彼は恐ろしく、忌わしく、汚らわしい事をされたのだ。
たった一人で助けを待っていた。
ずっと助けを待っていたのだ。
それなのに、自分達は何一つそれに気付けなかった。
何でもっと早くそれに気付かなかったのだろう。
何で。
どうして。
どうして彼がこんな目に遭わなければならなかったのだろう。
喉元が熱く感じ、涙が込み上げてきた。
どさりと膝から崩れ落ち、口元を手で覆う。
酷い。
こんなのって。
こんな事って。
ダルイが体を屈ませ、こちらの肩に腕を回してきた。
縋るように顔を押し付けると、そのままカルイはむせび泣いた。
里に吹き抜ける風が嫌に冷たく感じた。
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