□五月雨
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+「青がもし戦争で生き残ってたら」っていう前提
+戦争後からそれなりに時間が経ってる設定

雨粒が屋根に当たる微かな音が耳に入って来た。
ふと窓に目を向けると、山に囲まれた里がぼやけて見える。
雨が降っているのだ。
降り方と雨音から判断してどうやらにわか雨らしい。

急須と二人分の湯呑を載せた盆を持って、そろそろと廊下を歩いて行く。
幾つもの部屋をやり過ごし、やがて大きな部屋に行き着いた。
片手でゆっくり襖を開けて中に入る。
襖を閉めると部屋を見回した。
畳が敷き詰められた広い部屋だ。
天井や柱は黒みがかった木でできており、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
天井が高く造られている為、不思議と解放感もある。
壁の一面には障子が張り巡らされ、全体的に明るい部屋だ。
今は障子戸が全て開け放されている。
障子戸の向こうは縁側で、そこから杉林が見渡す事ができるようになっていた。
杉が立ち並ぶ黒いシルエットに、微かな靄が掛かっている。
今日はそれ程酷い霧にはならなさそうだ。
辺りに漂う靄で霞んだ杉林の間から、微かな光が差し込んで来る。
曇に覆われた空の向こうから陽光が微かに光を投げ掛けているのだ。
木々の葉に付いた水滴がその光を受けて静かに煌めいていた。
幻想的で落ち着いた、美しい景色だった。
最も自分が落ち着く事の出来る場所でもある。

雨は心を鎮めてくれる。
休まる事のない感知能力もここでなら少しは静かにさせる事が出来る。
里の中心部から少し離れている為頭が拾うチャクラも少ない。
そして何よりもここは静かだ。
任務や里の者達から離れたこの場所は、自分に静寂を与えてくれる数少ない場所でもあった。
静寂は自分のような感知能力者にとっては、何よりの贅沢と言っていい。
そして、今はもう一人ここで羽を休めている客がいる。

縁側の手前の畳の上で横たわっている人物に青は目を留めた。
さっき見た時は胡坐を掻いていたのだが。
いつの間にか体勢が変わっていた。
音を立てないようなるべくゆっくりとその相手に近付いて行く。
淡黄色の髪を畳に埋めるようにして、シーが目蓋を閉じて静かに寝転んでいた。
痩身の体は黒い着流しに黒の羽織を着ており、金髪にそれがよく似合っていた。
よく見ると微かに肩が上下を繰り返している。
どうやら眠っているらしい。
まあ無理もない。
雲の人間であるこの青年は、向こうの里では常に喧騒と共にある身だ。
その上若いながらも直轄で影に仕える里の上層部の人間でもある。
その多忙さがどれだけの物か、同じような立場にいる自分には十分察する事が出来た。
静けさとは無縁の場所に身を置いている彼にとって、ここは唯一本当の意味で休める事が出来る場所なのだろう。
それを裏付けるかのように、先程まで見せていた凛とした表情が今ではすっかり解れたものになっていた。
普段見せる表情とは大きくかけ離れた、あどけなさすら感じられる顔。
時々彼が見せるこうした表情の相違も、歩んで来た過去から生まれた物なのかも知れない。

霧隠れの里を訪ねる度にシーはここで青と話を交わし、共に時間を過ごす事にしていた。
霧の漂うこの里の閑静な雰囲気が、彼も青と同じ様に気に入っているらしかった。
数週間前も彼は任務で霧を訪れ、この部屋で羽休めをしていった。
あの時は確か縁側で酒を酌み交わしたのだ。
傍から見れば奇妙な組み合わせに見えた事だろう。
血霧と呼ばれていた時代を生き、数々の戦争を生き抜いてきた初老の男。
戦争を知らずに生きてきた、まだどこか心に青さを残している純粋な若者。
だがお互いに似た物を持っている事を青は感じ取っていた。
意志の強さと己や里に対する誇り。
影の為ならお互い身を削る事も厭わないだろう。
里も世代も違うにも関わらず、自分達の間には共通点が幾つもあった。
それで気が合った面もあるのだろう。
戦争で見つけた繋がりとでも言おうか。
見た目に似合わず意外と彼が酒に強いと言う事を初めて知ったのもこの時だった。
こちらの頬が染まる頃になっても、当の本人はけろりとした表情で酒を口に含んでいたように思う。
自分よりも色素が薄いにも関わらず、シーの白い肌は一向に染まる事はなかった。
雷の人間はどうやら酒に強いらしい。
標高の高い地域に住む彼らは生まれつきそう言う体の造りをしているのだろう。
高山地帯に身を潜める、誇り高い戦闘一族。
この若者もその血を脈々と受け継いでいるのだ。
が、心は青と同じ様に解れていたようで、やがてポツリポツリと彼は話し始めた。
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