□日はまた昇る11.5
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ふと顔を上げた。
ぴたりと足を止める。
丁度明るい光の射し込む病院の渡り廊下をゆっくり歩いていた所だった。
先程まで眺めていた窓から視線を外し、広い廊下を見つめた。
窓の外にはもうすっかり見慣れてしまった他里の景色が広がっている。
そしてその里の中を、空を、何十もの小さな白い花弁が舞っていた。
荒々しい切り立った山々の向こうから、沢山のそれが舞い込んできているのだ。
何とも夢のような光景だった。
それよりも今気になるのは。
━このチャクラは――――・・・。
見知ったチャクラを頭が拾ったのだ。
二人分のチャクラ。
それがこちらに向かって近付いてくる。
暫くその場で佇んでいたものの、やがて青もその方向へと歩き出す。
連続の徹夜で心なしか体が重い。
まだ現役とは言え、自分もそれなりに年を重ねている身だ。
昔のように徹夜続きを乗り切る事も、体に負担を掛ける事も難しくなっているのだろう。
自分も老いたものだ。

『貴方も少しは休んで下さいね、青。』

水影に言われた言葉が頭を過ぎる。
結局それからも、この日までまともに睡眠時間を取れていなかった。
あの彼女の事だ。
呆れたようにむくれて説教をされる事だろう。
思わず苦笑が漏れた。
悪いのは自分だ。
寝る間も惜しんで部下の治療をしていたのだから。

が、今回は仕方がないと言えよう。
自分の部下。
自分と同じ境遇を生き抜き同じ痛みを抱えてきた青年。
自分より一回りも若い、純粋な心を持った忍。
その彼があそこまで痛め付けられた事を思えば。
それを放って眠る事など自分にはとても出来なかった。
全く眠気と言う物を感じなかった。
治療室で眠っている間、何度もシーは生死の境を彷徨っていた。
致死量を遥かに超えて投与された薬物。
劣悪な環境で、まともに栄養も与えられなかった体。
何より、付けられた傷の深さがあった。
免疫も極端に減っていた。
本当にいつ何時も油断の出来ない、危険な状態に彼はあったのだ。
そして目覚めた彼が見せた、極限まで追い込まれ傷付き果てた青年としての素顔。
必死にこちらの腕を振り払おうと暴れ、何度も「嫌だ」「離せ」と叫んでいた彼の姿。
怯え切った子供のように泣きじゃくっていた彼の姿。
その姿を見た時、自分の庇護心がどうしようもなく揺らいだのを感じた。
助けてやりたい。
苦しまなくていいのだと安心させてやりたい。
守ってやりたい。
浅ましくもそう思ってしまった。
自分の中の父性はどうやらこんな時でも発揮されるらしい。
我ながら呆れてしまう。
父親にでもなったつもりか。
━・・・俺もまだまだ、甘い奴だな。
確かにシーは純粋だ。
純粋で、健気で、疑う事を知らないのだ。
並の人よりも傷付きやすいのだろうし、数え切れない程の傷を抱えているのも然り。
が、彼は子供でもなければ弱者でもない。
列記とした「大人」であり「忍」なのだ。
むしろ誰よりもしっかりと、強い意志を持って生きてきた男だと言った方がいいだろう。
雷影の話では、雲では昔から様々な対立が絶えなかったと言う。
他のどの里よりも、この隠れ里は特殊な文化を抱えていたのだ。
様々な人種が集い、様々な忍が集う里。
そして、何よりも力を追い求める里としても知られていた。
その思想はやがてあらゆる面で影を落とす事となった。
「強尊弱卑」、言ってしまえば「強き者が弱者を虐げる」と言う暗黙の了解を生み出してしまったのだ。
黒人が白人を虐げ、男が女を虐げる。
戦闘に長けた忍が支援型の忍を嘲り見下げる事も珍しくなかったのだそうだ。
恐らくシーもそんな過酷な環境の中で、もがきながら生きてきたのだろう。
白人であり、中性的な容姿を持ち、何より感知タイプとして生まれてきたシーは、不運な事に「弱者」の条件を全て揃えてしまっていた。
青の想像を遥かに上回る、複雑な事情がそこにあった。
異なる人種、武闘派の里独自の意識と偏見。
能力の個人差はどこの里でもある事だ。
この里ではそうしたステータスで簡単に人が判断されてしまう、一種の刷り込みのような意識があったのだろう。
自分の方が有利な立場にいるのだと気付けば、人は誰でも優越感と言う物を感じてしまう。
そうして次第に「弱者」だと判断した相手を見下すようになっていく。
少しでも差が出来るだけで、下にいる者だと思われればその人は徹底的に虐げられてしまうのだ。
同じ里に生まれなければその複雑な文化を理解するのは難しい。
それだけ雲の里は様々な物を多く抱えている隠れ里なのだと言えよう。
シーの人生は血霧時代を生きてきた自分と同じ位、過酷な物だったに違いない。
虐げられ、傷付けられるの連続だった筈だ。
理不尽な仕打ちも多かったに違いない。
そんな中を彼は逞しく生き抜いてきたのだ。
その生き様にはむしろ尊敬の念すら覚えてしまう。
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