□小さな戯れ
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+過去話捏造
+青が27歳位、メイが10歳位

「遊んでほしいの。」

こちらに走り寄って抱き着くなり唐突に彼女はそう呟いた。
いきなりの事に面食らい、青は自分を見上げるその子供を見下ろした。
丁度任務から戻って来た矢先の事だった。
討伐任務帰りの為にベストには赤黒い返り血が生々しくこびり付いている。
今自分に触れれば衣服が血で汚れてしまうだろう。
が、彼女にとってはそれすらどうでも良いらしい。
腰に抱き着かれた状態のせいで身動きが取れない。
かと言って無理矢理押し退けるのも何だか気が引ける。
半ば無駄だろうと思いつつも青は言い聞かせた。

「・・メイ、血が付くから離れろ。」
「血なんか幾らでも見慣れてるわよ。それより私が言う事を聞いてってば。」

こちらの腰に腕を回したままメイは真剣な表情で青を見上げていた。
長く伸ばした鳶色の髪。
年の割にはしっかりとした意志を宿した翡翠の目。
伸びた前髪の間からその二つの目がじっとこちらを見上げてくる。
こちらがかなり長身の為、少女は細い首を精一杯反らせて相手を見上げる体勢になっていた。
無理もない。
何せ自分と彼女は丁度少女の身長位の身長差があるのだから。
それにかなりの歳の差もあった。
上忍の自分と、まだ下忍になるには幾ばくか幼い彼女。
傍から見れば親子にしか見えないだろう。
とりあえず今はこの状況を何とかしなければ。
顔を顰めて青は訊ねた。

「・・・で、何故俺に?」
「仕方ないでしょ、青しかいないんだもの。私の相手してくれる人なんて。」

むくれたように頬をふくらませて彼女が呟く。
その様子からするとまた機嫌を損ねているのだろう。
彼女とまともに話をしようとする上忍はいないに等しい。
特にこの施設では事務的な会話が交わされるだけで、それ以外は一切何も私的な話がされないのだ。
メイにとってはそれがつまらなくて仕方がないのだろう。
お転婆な彼女にとって、ここは退屈な場所以外の何物でもない。
青を除いて、彼女が心を開いた大人はここには誰もいなかった。
メイからすればここが鳥籠のような場所に思えてしまうのだろう。

「外に出たいって言ったの。そしたら駄目だってはね返されたわ。」

不服だと言わんばかりに彼女が呟いた。
その言葉に思わず肩を落とす。
ああ、またか。
またこの子は駄々をこねたのだろう。
一体これで何度目だろうか。
小さく溜息をつき、諭すように言い聞かせた。

「メイ、外は危ないんだ。誰がお前を狙ってくるかわからないんだぞ。」
「どうしてなの?他の子は普通に里を出歩いてるじゃない。」
「お前は普通の子供とは違う。前にも話しただろう。」
「血継限界の事でしょ。でも違うのはそこだけよ。それ以外は何も違わないわ。」

ハキハキと言い返すとメイはこちらを睨み付けた。
強い目だ。
彼女も彼女なりに厳しい幼少時代を過ごしてきたのだろう。
恐ろしい化け物を見るような周囲の視線。
数々の罵倒の声。
この子供がどれだけの傷を乗り越えてきたのか、青ですら計り知れなかった。
メイ自身も分かってはいるのだろう。
自分が周りから恐れられている存在なのだと。
伝染病のように国中に浸透している、血継限界に対する偏見をなくす事は今更出来ないのだ。
それはまだ幼い少女にはあまりにも酷な現実と言えよう。
長い沈黙の後、再び少女が呟いた。

「里の子供達と話すのも駄目。外に出るのも駄目。じゃあ私はどうすればいいの?」

そう言うとメイはパッと青から体を離した。
腕に抱いていた継ぎ接ぎに縫い合わされた人形を力を込めて抱き締める。
人形は彼女と同じように女子の姿をしていた。
毛糸で出来たカラフルな長い髪。
目のある場所にはボタンが縫い付けられ、口は歪に弧を描いていた。
その口の上からギザギザに糸が縫い付けられている。
お世辞にも可愛らしいとはとても言えない。
むしろ不気味さすら感じられる。
それでもまるでその人形が大切な物なのだと言わんばかりに、縋るようにメイはそれを腕に抱いていた。
彼女にとって、これは外の世界にいた時に持っていた唯一の所持品なのだ。
青がメイを保護した時から、彼女はその人形を肌身離さず持っていた。
メイが声を荒げた。

「ねえ、何で私だけなの?私だって外に行きたいのに。こんなの不公平よ。」

子供らしい焦れったそうな表情を浮かべて少女がぼやく。
その姿に何も言えずに黙っている事しかできなかった。
胸の奥では様々な葛藤がせめぎ合っていたからだ。
彼女の言い分は尤もだ。
まだこの子は十歳なのだから。
本来ならこんな箱庭に閉じ込められる事なく、外の世界で生きていた筈なのだ。
だが、それは今の霧の里では厳しい夢物語に等しいと言ってもいい。
忌み嫌われし血継限界の血が流れた子供。
二つの血継限界を持つ少女。
おまけに彼女は女だ。
自分の身を迫害から守るにはまだこの少女は幼過ぎるし、弱小過ぎる。
どこか下界と無縁の場所に隔離しなければ、いずれ殺されてしまうだろう。
もしくはもっと酷い目に遭わされるかも知れない。
メイにとっては不本意でしかないのだろうが、それでも野放しにしているよりはマシだ。
それだけこの子供の存在は自分達霧の忍にとっては重要なのだ。
数少ない貴重な血継限界。
その強過ぎる血を恐れ、彼女を殺そうとする者も少なくない。
それを防ぐ為に彼女の身柄を保護し、里の管轄下に置く事。
それが上役からの命令であり、自分自身もそれが使命だと割り切っていた。
そして、気が付けば自分がこの少女の保護者代わりになっていたのだ。
非戦闘員に子守りを任せるとはいかにも上役がやる事らしい。
本来の自分の本業は暗部の忍で、暗殺や抜け忍を始末する事が仕事なのだが。
それは血に塗れた自分にはあまりにも不釣り合いな、平和過ぎる役目に思えた。
よりによって何故自分なのか。
青自身にすらそれは分からない。
否、心当たりがないと言えば嘘になるだろう。
一番最初に彼女を助け出し、保護したのは自分なのだ。
メイにとって、自分を守ってくれた人間は青が初めてだったのかも知れない。
その為かメイ自身も青を一番慕っているらしかった。
だが、それだけでそう簡単に役割が決まるものだろうか。
ただ単に皺寄せが来ただけなのではないか。
感知タイプである自分を見下している上役は沢山いる。
それでわざとこのような命令を下したのではないか。
それすらも最早分からなかった。

「外に出るのが駄目なら、遊び相手になって。それも駄目?それもいけないの?」

メイが訴え掛けるようにこちらを見つめてくる。
子供らしい無垢な瞳。
そんな清い目を向けられれば、断れる筈がない。
血塗れた自分にとって、彼女の存在はあまりにも純潔過ぎた。
いくら血継限界とは言え、メイも子供なのだ。
望み位叶えてやっても咎められはしないだろう。

「・・・何をしたいんだ?」

静かにそう聞けば彼女の目が見開かれた。
予想外の返答だったのだろうか。
じっと澄んだ翡翠色の目でまじまじとこちらを見つめてくる。
ぱちぱちと目を瞬かせてメイは見つめ返してきた。
こちらが言った事を冗談だと思ったのかも知れない。

「遊んでくれるの?」
「ああ。」
「本当?」

一気に彼女の表情が明るくなる。
子供らしい笑顔。
その表情に思わずこちらも笑みをこぼした。
目の前にいる少女は能力こそ強大であるものの、中身はどこにでもいる子供と同じ事に変わりないのだ。
誰がいつ彼女の人生を決め付けてしまったのだろう。
この檻のような場所に彼女を縛り付けてしまったのだろう。
自分だけは、この子供に自由を与えてやりたい。
不覚にもそう強く願わずにはいられなかった。

「じゃあ、かくれんぼ!鬼は青だからね。」
「(・・・一番得意分野なんだが・・・。)」
「どうかした?何か不服でもある?」
「いや、何も。」

(きっとすぐに自分は君を見つけてしまうだろう)

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