□私の光
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+ユギトとシーが姉弟設定
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その話を聞いた時、浮かんだのは純粋な喜びと複雑な切なさだった。
二位家に嫡男が生まれた。
つまり、自分に弟が生まれたと言う事。
そう、この私に弟が生まれたのだ。
人柱力である私に。
化け物になってしまった二位ユギトに。

「ユギト、貴女、お姉さんになったのよ。」

嬉しげにこちらに笑いかけながら母がそう言った。
まだ出産後で体が回復しておらず、未だにその身を寝具に横たえさせたままだった。
畳が敷き詰められた小部屋。
下界と部屋とを繋ぐ襖。
部屋は薄暗く、灯された灯篭が淡い光を投げ掛け、母の青白い顔をうっすらと照らし出す。
母が少し弱々しく感じた。
それでもころころと鈴のような声で彼女は笑っていた。
腕には白い布で包まれた、小さな小さな赤子。
布の端から覗く金色の髪は、自分と母の物と同じ色をしている。
自分のややくすんだ金髪より、もっと綺麗な澄んだ色。
恐らくこの子も母親似なのだろう。
自分よりももっと彼女にそっくりに違いない。
楽しげに母がその子に笑い掛け、優しくゆっくりとその小さな小さな体を揺する。
弟を抱く母は本当に幸せそうだ。
自分が生まれた時もこんな風に笑い掛けてくれたのかも知れない。
こうして体を腕に抱いて、優しく揺すってくれたのかも知れない。
遠い遠い優しい思い出。
それは今も変わらない。
ユギトが人柱力になった今も、昔と変わらない愛情と優しさを彼女は注いでくれる。
そして、この子にも同じように愛情を注いでくれるに違いない。
私達は姉弟になったのだ。
夢を見ているかのように、自分も嬉しかった。
なのに心の底では素直に喜べない。
だって、私は化け物なのだから。

「ユギト。」
「何?母さん。」
「この子を抱いてあげて。お姉さんだよって、話し掛けてあげて。」

ピクリと体が固まる。
本心はそうしたくて堪らなかった。
弟が生まれると聞いて、その日を一番心待ちにしていたのは紛れもない自分なのだ。
私の弟。
私はもう一人じゃない。
そう思うととても嬉しかった。
だから余計に悲しかった。
自分は二尾を宿してしまったのだ。
もう普通の女の子ではない。
化け物なのだ。
そんな自分がこの子に触れたら、弟は泣き出してしまうかも知れない。
怖がらせてしまうかも知れない。
それが一番怖かった。
家族に「お前は化け物だ」と言われるようなものだ。
だから、抱けない。

「ユギト?」
「・・・私はいいよ。母さんが抱いてあげて。」
「どうして?貴女はお姉さん。この子の家族なのよ。」
「・・・母さん、分かるでしょ。私の中には大きな猫がいるんだよ。」

母は優しく微笑んで言った。

「大丈夫。貴女は普通の女の子よ。優しい女の子。お母さんは知ってるわ。」
「そうかな。」
「そうよ。この子もすぐに分かってくれるわ。お母さんの子なら、貴女の事もちゃんと分かってくれるわよ。」

だから、抱いてあげて。
透き通った笑みを浮かべて母は弟の体をゆっくりと差し出した。
正座をしていた足を崩して、ユギトは赤子を腕で受け取る。
恐る恐る。
壊れやすい物を扱うみたいに。
確かな重みが腕に伝わってきた。
自分は弟を抱いているのだ。
この子はどう思っているのだろう?

恐々と赤子の顔を覗いた。
弟もこちらを見つめ返してくる。
ぱっちりと開いた大きな目。
木の実のように大きな、艶のある黒い瞳だった。
私と母と瓜二つの目。
顔は人形のように整っている。
思わず女の子みたいだと思ってしまった。
それ位この子は可愛らしい顔をしていたから。
白い肌も、淡黄色の柔らかい髪も、黒い瞳も、何もかもが母から授かった物なのだと分かった。
そして。
うっすらと弟は微笑んだ。
嬉しそうに、楽しげに声を上げて小さく笑う。
こちらに手を伸ばして、ユギトの頬に触れようとしてきた。
小さな小さな紅葉の手。
温かい笑顔。
それを見た瞬間胸の奧が一気に温まるのを感じた。
氷が溶け出すように、涸れていた水が流れ出すように。
弟が私に笑い掛けている。
人柱力の私に。
皆から化け物だと言われた私に。
親しげに笑い掛けてくれているのだ。

「ほら、言ったでしょう?この子なら分かってくれるって。」

母が優しげに笑い掛け、後ろからこちらの肩に寄り添った。
ユギトの肩越しに赤子を見つめ、穏やかに微笑み掛ける。
そっと手を近付けてみると、弟の小さな手がこちらの小指を掴み返してきた。
小さな小さな感触に、思わず笑みをこぼす。
くすぐったい感覚が胸を過っていく。

「可愛いな。」
「貴女とそっくりでしょう?」
「この子の方がもっと綺麗だよ。」
「貴女だって綺麗よ。私とお父さん、二人に似てるのね。」

照れ臭くなり、それを隠すように弟に話し掛けた。

「何があっても姉さんが守ってやるからね。姉さんが一緒にいてやるから。」

この子が生まれてきてくれて本当に良かった。
この子は私が守ってあげるんだ。
私はこの子の姉なのだから。
ありがとう。
ありがとう。
小さな体を抱き上げ、弟をぎゅっと抱き締めた。

(君が生まれた日)

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