□自業自得
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医務室でスツールに座ったままビーは考えを巡らせていた。
体には至る所に包帯が巻かれ、顔にはガーゼが貼られている。
腕はギプスで固定されていた。
ただ一言こう思った。
まずい。
これはまずい。
何がまずいのかと言うと。
ゆっくり目の前に立つシーに目を向けた。
鋭く彼が言う。

「雷影様、キラービー様?」

自分の名が呼ばれた途端「これは斬首確定だな」と直感が感じ取った。
彼が自分をそう呼ぶ事は滅多になく、大抵は「ビー」と呼び捨てで呼ぶ。
そう呼ぶようにと頼んだのは他でもないビー自身である。
シーが今の地位になってから最初に会った時にそう言っておいたのだ。
畏まった事は好きじゃない。
むしろ友人のように気軽に話せる関係が一番有難かった。
そうしたビーの気持ちを察知したのか、向こうもお固い敬語ではなく同年代の同僚と話すようにフランクに話し掛けてくる。
兄である雷影以外にそうやって接してくれるのは恐らく彼だけだろう。
上下関係よりも人と人との心の距離を大切にする自分にとってはその方が心地良かった。
人柱力として、英雄として扱われるよりは。
そんなシーが自分の事を様付けで呼ぶ時はどんな時かは決まっている。
一つは堅苦しい儀式の時。
もう一つは説教の時だ。
そして今は紛れもなく後者の状況である。
今の彼は自分達、ビーと雷影に対して明らかに怒りを顕わにしていた。
表情は普段通りのポーカーフェイスではあるものの、もの静かな漆黒の目には荒々しい怒念が宿っている。
頭の中で八尾が呼び掛けてきた。

『おい、ビー。シーの奴目がマジだぞ。』
「(話せば長くなるんだ、八っつぁん。)」
『お前ら、俺が昼寝してる間に何やりやがったんだ・・・。』

呆れたとでも言うように尾獣が溜息をつく。
勿論それは彼を体に宿したビーにしか聞こえない。
八尾の問い掛けには答えず、ビーは隣で自分と同じように座らせられている兄に目を向けた。
雷影も同じ様に包帯だらけで折れた方の腕にギプスを取り付けられている。
普段の覇気はどこへやら、今は大人しく顔を俯かせてスツールに腰掛けていた。
滅多にお目に掛かれない光景だ。
おかしさに思わず口笛を吹きそうになったが、途端に頭がズキリと痛んだ。
八尾だ。

「(八っつぁん、痛ぇよ!)」
『馬鹿野郎、空気読みやがれ。修羅場にいるんだぞお前は。』

言えている。
確かにここは修羅場だ。
シーを怒らせればただでは済まない事は、この尾獣も長年の経験で理解しているのだろう。

「執務室の有様を見てきました。その怪我と言い何があったんですか、一体。」

事の経過を簡単にまとめるとこうなる。
ひょんな事が発端で兄と喧嘩になった。
最初は軽い口喧嘩だった。
ところが喧嘩は殴り合いまで発展し、後はもう予想通りである。
壁一面がガラス張りになっている執務室は、今は見事なまでにガラスが割り尽くされている筈だ。
タイル張りの床にはその破片が至る所に散乱しているに違いない。
静かに彼が言葉を紡ぐ。

「物を壊すなとあれだけ言った筈ですが?あんたらの耳は節穴か何かですか。」
「・・・すまない。」
「・・・ソーリー。」

尤もな言い分に何も言う事が出来ない。
ただ素直に謝罪の言葉を述べた。
ここまですんなりと自分達が謝るのも滅多にない光景だ。
それもこれも相手がシーだからに違いない。
腕組みをし眉間に皺を寄せて彼が続けた。

「お二人共お忘れですか。散々俺は言いましたよね?『ガラスを割るな』と。」
「・・ああ。言っていた。」
「覚えてるぜ。言われなくとも。」
「じゃあ今日で何度目です。言ってみて下さい。」
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