□通りすがりの17.2
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「ああ、確かに言えてるな。」

おかしげに藍が笑って答える。

「あいつは医療忍だから・・体に砂糖が流れてるんじゃねって位に優しいよ。
 特に患者に対しては絶対に拒否しない。例え他所者でも。」
「・・俺は、何故貴方のような人が彼に受け入れられたのかが分からない。」
「ほう?」

藍が眉を微かに吊り上げる。
止まらなくなり、トクマはさらに続けた。

「あの人は・・貴方とは何もかも違う。真逆の世界の人だ。貴方のような人が近付いていい相手じゃない。」
「・・どう言う事かな。」
「彼は貴方と違って、『良識ある人間』だと言う事ですよ。」

こちらの言葉に彼の表情が強張った。
ほんの一瞬だけ、彼の鋭い眼光が揺らいだような気がする。
まるで傷付いたかのように。
そして呟いた。

「・・ああ、そうかよ。」

再び沈黙。
互いに距離を取り合い、天敵同士のように対峙し合う。
再び彼が口を開く。
前よりも不快感を滲ませた声がした。

「・・やっぱ、無理だわ。」
「・・?」
「ちょっとは友好的な態度取ってくれたら、俺も考え直そうと思ってたんだが・・これじゃあな。」
「何、を?」

こちらの問いに彼が答えた。

「俺は、あんたが嫌いだ。」

鋭い一言。
憎しみや恨みが込められたような。
その言葉の辛辣な響きに、不覚にもトクマは固まった。
尚も彼が話し続ける。

「俺がこの世で嫌いな人種ってのが二人いてな。」
「・・・。」
「一人は温室暮らしの、いつも澄ましてやがる奴らだ。いつもお高く止まって、野放しの庶民を見下してやがる奴らだよ。」

グサリと言葉の棘が胸に突き刺さる。
自分の事だ。
自分の事を言っているのだ。
わざとこちらを傷付ける為に。
仕返しなのだろう。

「そんで、もう一つが・・・。」

藍がゆっくりとトクマに向けて人差し指を突き付けた。
歪んだ笑みを浮かべて彼が続けた。

「血継限界の奴ら、だよ。あんたら日向みたいなね。」
「・・・!」

藍の言葉に目を見張る。
相手の目はギラギラと鈍く光りながらこちらを見据えていた。
憎しみを湛えた瞳。
妬みや恨みを湛えた灰色。
思わず後ずさる。
あの目は。
あの目付きは。
━本物の、目だ。
と、彼が急に笑い出す。
歪んだ笑い声だった。
嘲るように彼がこちらを見つめてくる。
咄嗟に口を開いた。

「何が、目的なんですか。」
「目的ぃ?何の話だよ。」
「何故貴方は彼に近付くんです?何か企みでも?」
「違ぇよ。俺はただ純粋にあいつと仲良くしてるだけだ。他所者はダチを作るのも駄目なのか?」
「・・あまり彼に近付かないで下さい。貴方は・・貴方だけは信用出来ない。何と言われようと。」

そして吐き捨てる。

「貴方は・・貴方と彼は、住む世界が違う。」

買い物袋を掴み直し、藍の側を通り過ぎて行く。
振り返る事はしなかった。
振り返ってはいけない。
そんな気がしたからだ。
下駄の鳴る音だけが暗い路地に響き、消えて行った。

+ + +

住む世界が違う、だそうだ。
何故シーが自分を受け入れたのかが理解出来ない、だそうだ。
自分は彼と付き合っていい人間ではない、だそうだ。
へえ、そうか。
そうなのか。
あんたはそう思うのか。
あいつがそっちと同じ世界の住人だって?
俺とは真逆の人間だって?
それは違う。
とんでもなくお門違いだ。
彼はむしろ。
━あいつはむしろ――――。
シーは箱庭で生きてきた人間なんぞではない。
むしろ。
むしろ彼は自分と同じだ。
箱庭とは程遠い、荒野で野放しで育った人間の方だ。
箱庭の外で生き抜いて。
地面を這いずり回って。
容赦なく周りから泥を擦り付けられて生きてきた人間だ。
詳しい事はまだ少ししか聞いてはいないが。
それでも直感がそう告げている。
自分と彼は、「同族」なのだと。
似た境遇を抱えた者同士なのだと。
━それを分かったような顔で・・・っ。
思わず歯を食い縛っていた。
怒りで肩が震えている。
拳を握る手にも力が加わっているのが分かった。
先程投げ付けられた言葉が、容赦なく自分を嘲笑う。
「お前は低俗なんだ。」
「お前はごろつきなんだ。」
「お前は薄汚れた他所者なんだ。」
言葉の裏に潜められた意味が、ひしひしと伝わってくる。

「・・糞がッ!」

思い切りその場にあった壁に拳を叩き付けた。
何度も何度も拳を力任せに叩き付ける。
何が分かる。
何が分かるんだ。
あんたに何が分かる?
血継限界の権威に守られてる奴なんぞに。
箱庭で大事に育てられてきた奴なんかに。
「俺達」の何が分かる?
シーとの繋がりはそんな生半可な物ではない。
もっと根深い物。
それは人種単位で繋がり合っているような、深い物と言ってもいい。
それを、「企み」だと?
俺があいつを騙してるだと?
ようやく巡り合った「同族」相手に、そんな事をすると思うのか?

「何が・・分かんだよ・・・。」

呻くように声を絞り出した。
心なしか、自分の声が泣き声のようにも聞こえた。

「お前に、何が分かるってんだ・・・ッ!」

畜生。
畜生。
何が分かる。
俺達の何が。
お前なんかに何が分かる!
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