□溶ける
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「青?」

驚いたようにメイが呼ぶ。
そして再び顔を覗き込んできた。
何だ。
顔に何か付いているとでも?
目を見開いてこちらの顔を凝視している彼女を見つめ返した。
メイが呟く。

「悲しいの?」

唐突な質問にますます訳が分からなくなる。
悲しい?
何故今、よりによって自分にそんな事を訊く?
感情などとうの昔に捨てたのだ。
そんな訳が――――。

「涙、出てる。」

涙。
相手の言葉に固まってメイを見つめ返す。
ゆっくりと手を顔に持っていき、目元に触れる。
指先が何かに触れた。
濡れている。
目元が濡れている。
指先に濡れた感触を感じた。
泣いている。
泣いているのだ。
この自分が。
メイの小さな手がこちらの顔に伸ばされる。
白い指先が目元に触れ、涙に触れた。
頬を伝い落ちていく滴。
ポタリ、ポタリとそれはシーツに落ちていく。
彼女の細い指を濡らしていく。

「そっか。」

ポツリと彼女がこぼす。
そして青の顔に手を添えた。

「青も、私と一緒だったんだね。」

何も言えなかった。
見せてしまった。
殻の中の自分を。
この子にだけは絶対に見せたくはなかった。
自分の弱い一面を、見せてしまった。

「そう、だったんだ。」

違う。
そう叫び出したくなった。
自分は違う。
お前みたいに子供じゃない。
自分の身は自分で守れる。
何も出来ない子供とは、自分は違う。
違うと言いたかった。
言いたかったのだが。

「青の目、綺麗な灰色なのに、悲しい色してる。私とおんなじ色してる。」

小さな両手がこちらの顔を包み込んだ。
その手を振り払いたかった。
温もりが、怖い。

「青。」

やめろ。
やめろ。
見るな。
こんな俺を見るな!!
そう心の中で叫び、目の前の少女の手を振り払おうとした――――。

「大丈夫だよ。」

か細い両腕が、首に回されていた。
彼女の頭が自分の肩に埋められている。
メイが自分に抱き着いている。
否、抱き締めていると言った方が的確だろう。
耳元で彼女が囁いた。

「大丈夫だから。」

しんと部屋が静まり返る。
ポツリと彼女が続ける。

「青も辛かったのね。苦しかったのね。そうなんでしょ?」
「ちが・・・。」
「嘘吐き!だったら何で泣くの?私が何も知らないと思ってた?」
「?」

こちらを見据えて彼女が言う。

「私、聞いちゃったの。偶々ここに来てた人がね、青の悪口言ってた所。」
「・・・。」
「その時だけじゃなくて、他の時も色んな人が言ってた。青が、「よごれやく」で「むのう」だって。「出来損ない」だって・・・。」

そうか。
彼女は知っていたのだ。
青が里の仲間から笑われていた事を。
隠せていると思っていたのだがばれていたらしい。

「青はそんな事ない。私の事助けてくれたじゃない。私に優しくしてくれるじゃない。いつでも守ってくれるし、私がどこにいたって見つけてくれる。」

こちらを抱き締める腕に力を込め、メイは言った。

「青の力は凄いわよ。全然出来損ないなんかじゃない。優しくてカッコいい能力だもん・・・。」

耳にした言葉が信じられなかった。
メイは、自分の力を「凄い」と言った。
出来損ないではないと言った。
そんな事を言われた事など今までにあっただろうか。
そもそもそう思ってくれる人すらいなかった筈だ。
そうだと言うのに、この少女は。

「メ、イ・・・。」

小さな体に手を回した。
応えるようにそっと抱き返す。
━敵わない、な。
分かっていた。
自分がこの少女と同族だと言う事は。
大した能力を持たなかった為に疎まれた暗部の男。
強すぎる血の力を授かった為に恐れられた、幼い少女。
対極の位置にいると言うのに、こんなにも自分達の境遇は似通っていた。
今までずっと一人だった。
だがこの子供と暮らし始めてから。
何かが変わっていった。
何の意味も感じられない無機質な生活が、一気に色で染まるようになったのだ。
気付かない内に自分は彼女の存在に救われていたのかも知れない。
もぞもぞとこちらの首に顔を埋めていたメイが再び口を開いた。

「ねえ青、溜め込まないでよ。私が子供だからって、カッコつけなくたっていいから。」
「・・・。」
「私の中じゃ、青は強くて優しくて、十分カッコいい男の人なんだからね。誰よりもカッコいいんだから!」
「・・感知タイプの医療忍の、暗部がか?」

自嘲するように訊ねると、そんな事は気にも留めずに彼女が語調を強めて言う。

「そう、何回でも言ってあげるわ。青が酷い事言われたら、私が飛んで行って悪口言った人に言ってあげる。何度だって。その人が認めるまでよ。」
「お前な・・全く。」
「私、本気だからね。青は私を守ってくれたんだもの。だから私も青を守ってあげるの。これでおあいこになるでしょ?」

どの口が言っているんだ。
思わず笑いが溢れた。
まだまだこの子は頼りない。
ようやく血継限界の力を使いこなすコツを掴んだ所なのだ。
そんな彼女が暗部で何人もの忍に手を掛けてきた、自分を守るなど。
だが悪い気はしなかった。
むしろ何だか照れ臭い。
嬉しさと愛おしさと、感謝の気持ちが溢れ出す。

「・・ありがとう、な。」

聞こえるか聞こえないか位の小さな声で囁いた。
プライドの高い厄介な性格のせいか、こうした事が素直に言えない。
が、それはちゃんと彼女の耳に届いていたらしい。
ふふ、と笑う声が耳元で聞こえた気がした。

「どういたしまして。」

(君の心に触れた日)
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