□日はまた昇る9
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「ぅ、あっ・・・やめろ、嫌、だァッ!!」

パニックに襲われ、必死に手を振り払おうとする。
が、大きな手がこちらの手首をしっかりと掴んだ。
点滴台が倒れ、トレーが音を立てて引っくり返る。
トレーに置かれていた医療器具がタイルに当たる音が響いた。
無我夢中でもがいた。
訴えかけるように彼が声を掛けてくる。

「嫌だッ・・・!!」
「落ち着くんだ。俺は敵じゃない。」
「ぅ、ッ、離せッ!!」
「落ち着け、シー。」
「離せッ・・・!!」

何度も叫んではもがいた。
それでも相手はびくともしない。
両腕が掴まれてしまっている為に大した抵抗も出来ない。
相手のやや無骨な手の感触が伝わってくる。
ー・・――――?
咄嗟に違和感を感じた。
おかしい。
チャクラの感覚が全くないのだ。
触れられている事は確かだというのに、相手のチャクラが伝わってこない。
それだけじゃない。
頭の中が不気味な程に静まり返っている。
相手が誰なのかが掴めない。
普段なら触れられただけでそれを感じ取れると言うのに。
常に誰かの気配を拾ってしまう程、自分はチャクラに過敏だと言うのに。
何も感じない。
頭を満たすのは静寂だけだ。
それが余計にシーを錯乱させていた。
━嘘だ、嘘だ・・・ッ。
冷たい予感が脳裏を過る。
嘘だ。
まさか。
こんなの嘘だ。
感知能力まで自分は失ってしまったのか。
チャクラ感知が出来なくなれば自分に一体何が残る?

いきなり仰向けのままベッドに体を押さえ付けられる。
ビクリと体が強張るのを感じた。
ますます心臓が早鐘を打つ。
組み敷かれたまま相手をキッと睨み付けた。
と、こちらを一喝するように彼が声を荒げた。

「落ち着けッ!!」
「・・・・っ!」

荒い呼吸を繰り返す音が部屋に響く。
息を切らしながら自分を組み敷いている相手を呆然と見つめる。
相手もこちらを見下ろした。
男性の声が再び聞こえた。

「俺は敵じゃない。君は俺を知っている筈だ。」
「・・分から、ない・・・、あんたは誰だ・・・チャクラが感じられない・・・ッ!」
「!」

目から涙が伝い落ちていく。
怯えた子供のように泣きじゃくった。
何も感じない。
何も分からない。
自分はどうなってしまったのか。
チャクラが恋しい。
あの感覚がもう無くなってしまったなんて。
そんな。
そんな。

「感知能力がなけりゃ、俺に何の意味がある・・・ッ!」

畜生。
畜生。
どうしてこんな事になる。
俺はどうすればいい。
今まで散々あがいてきたと言うのに。
子供の頃から自分は周りから見下されてきた。
「非力だ」「女々しい奴だ」と馬鹿にされてきた。
周りの友人達はどんどん力を付け、自分を追い越していった。
上役の性欲処理を引き受けるようになったのも、そうしたコンプレックスから目を逸らしたかったからだと思う。
今思えばあれも望まない行為だったのかも知れない。
それでも自分に嘘をついてひたすら心を押し殺し続けた。
自分は役に立っている。
認めてもらっている。
そう思いたかったのだ。
そんな中でもたった一つの才能である感知能力に縋って、ひたすら自分は能力を伸ばしてきたと言うのに。
それすらも絶たれてしまうなんて。
感知能力を失った感知能力者など、死人に等しいと言っても良い。
『自分はもう能無しなのだ。』
恐怖にも似た失望感にますます頭が錯乱状態に陥っていく。
これ以上もがいて何になる。
いっそ終わりにしてしまえばどんなに楽だろう。

「・・もう、このまま消えてしまえばいい・・・っ。」

ポツリと言葉がこぼれる。
初めて人前で吐いた弱音だった。

「・・・怯えなくていい。ここはあの手術室じゃないんだ。」

低い声が耳元で響く。
背中に大きな手が回されるのを感じた。
労るかのような仕草だった。
落ち着かせるようにこちらの背中を軽く撫で、再び彼が呼び掛ける。

「大丈夫だ、何もしない。ゆっくり息を吸って吐いてみろ。」

不安げに相手を見つめ返した。
やがて言われた通りに深く息を吸う。
そしてゆっくりと吐き出していった。
一回、二回。
何度もそれを繰り返す。
高鳴っていた心臓が少しずつ治まっていく。
少しだけ頭が冷静さを取り戻したらしい。
だんだん視界がハッキリしてきた。
ぶれていた輪郭が形を取り始める。
男性の顔がゆっくりと浮かび上がっていく。
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