□重力的眩暈
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高く高く。
もっと高く。
ブワッと長い金髪が夕空に靡く。
赤い光を纏いながら、真っ直ぐ空に向かって落ちて行く。
そう、落ちているのだ。
━もっと、もっと!
上へ上へ。
頬に風が真っ向からぶつかった。
思わず目を閉じ、そのまま突き落ちる。
こちらを取り囲むように、黒い泡のような粒子が一緒に付いて来る。
語り掛けるように形を変えては視界の端に入って来るそれに、小さく笑い掛けた。
そして言う。

「行くよ、ダスティ。」

くるっと宙で旋回し、ピタリと空中で停止する。
眼下に広がる街に向かって一気に重力を傾けた。
そのまま今度は真っ逆様に街目掛けて落ちて行く。
目をしっかりと開いてキトゥンは近付いて来る街を、屋根を、煉瓦を見据えた。
ぎゅんぎゅんと容赦なく建物が迫って来る光景に、背筋にピリピリとした感覚が走る。
瓦屋根に衝突する寸での所でブレーキを掛け、再び空に向かって上昇する。
今度は街に聳えるテレビ塔目掛けて飛んで行く。
塔の天辺目指し、どんどん加速させていく。
煉瓦造りの塔の屋根にハイヒールの踵が付くと、重力の力を解いた。
塔の上からキトゥンは再び街を眺めた。
住み慣れた街の景色が目の前に、足元より遥か下に広がっている。
煉瓦調の民家や建物が立ち並ぶオルドノワ。
初めて自分がヘキサヴィルに落ちて来た街。
ここヘキサヴィルの旧市街。
そして、キトゥンの「家」がある街。
幾らか時を重ねる内に、いつの間にかこの街に愛着が湧いていた。
時には騙され、理不尽な目に遭った事もある。
それでもここは自分達の居場所だった。

「守っていかなくちゃ、ね。」

誰に言うでもなく呟く。
あるいは自分に語り掛けたかったのかも知れない。

「そうでしょ、ダスティ?」

無邪気に隣に向かって語り掛ける。
答えるように耳元でニャオーン、と鳴き声がした。
フワフワと辺りを漂っていた黒い粒子が集まり、纏まり、猫の姿となって現れる。
小さな相棒はそのままキトゥンの肩に降り立った。
尻尾をするりと持ち上げ、こちらの褐色の肌を撫でる。
オルドノワの夕空を、それと劣らない位に真紅を宿した瞳でキトゥンは見つめた。
再び風が吹き、金髪を撫でていく。
目を閉じてそれを感じ、そして目を開けた。

「さあ、行こう。」

もっと高くへ。
この日も空へと少女は落ちる。

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