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□恋愛ゲーム
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「ねぇー、飛鳥井ーっ」
…まったく、さっきから煩くて仕方がない。
なんでそんなに僕に構ってくるんだ?
というかさっさと帰れ。
そんな僕の心情を総無視して、この煩い馬鹿は僕の名前をさっきから何度も呼ぶ。
「あーすーかーいー」
黙れ、僕はバイト風情のオマエなんかと違って忙しいんだ。
そんな事を言うのさえも時間の無駄に感じて放置をしているわけなのだが。
この男、楠木誠志郎は此処「御霊部」に用があるとかなんとかで、今ここにいるはずなのだ、が。
もうすでに用事は済んだはずで、帰ってもいいはずなのに帰ろうとしない。
バイトはどうしたバイトは!
苛立ちは増すばかりだが、相手にするのも馬鹿馬鹿しい。
僕は忙しいと常日頃言っているだろ。
忘れてたとしても、机に向かい、書類にペンを走らせているこの現状を見れば分かるだろうが。
「しゅーうーいーちー」
…いつ、どこで、誰がオマエに名前で呼ぶことを許した?
怒りに堪忍袋の緒が切れそうだが、振り向いたら何故か"負け"な気がして。
意地を張って、なんとしてでも振り向かない、そう決めたのに。
「鈴男」
流石の僕も、嫌なあだ名で呼ばれてとうとう振り返ることとなってしまった。
「だから、その名前は…っ、ん!」
勢いよく振り返ってから気づき、心底後悔をした。
見開かれた目には、余裕そうな笑みを浮かべているバイト風情の馬鹿の姿。
そして、乾いた唇に同じようなモノが当たる感触の正体が何かを、気付いた時には既に楠木の唇は離れていた。
「僕の勝ちだよな?飛鳥井」
唇に、幼い顔には似合わぬ笑みが刻まれていて。
思わず頬に朱が注し、ゲンコツの一発でも馬鹿な頭に振る舞ってよろうとしたが、既に扉の方に行っていて叶わなかった。
唇を噛み締めて睨みつけるが、馬鹿は一層笑みを深めるばかりで。
分かっているのだ、座った状態で睨みつけても上目遣いにしかならないと。
だからこそ余計に、ムカつく。
「…お、もうそろそろで僕は帰らなきゃ。じゃあね、鈴男」
…ムカつくことこの上ない。
返事をするのも馬鹿馬鹿しくて、机に向き直ると、誰かが背後から近づいてきて抱き締められた。
言わずもがな、さっきの馬鹿だろう。
何の用だ、さっさと帰れ。
一瞬だけ振り返り、眉を吊り上げながら予想通りの馬鹿を睨む。
「柊一」
耳元で囁かれ、思わず肩を揺らすと更に囁かれた。
「―――…」
思わず更なる囁きに目を見開き、頬に熱が溜まって…呆然としてしまった。
その内に、アイツはもう此処から去っていて。
気付いた時には、にやついている同僚しかいなかった。
そんな同僚に軽く睨みを効かせ、再び机に向き直す。
『そろそろ僕に堕ちたらどう?』
…っ、…馬鹿馬鹿しい。
なんで、なんでバイト風情の馬鹿の言葉が、頭に残っているんだ。
…認めたくない、だって、僕は。
…本当は、何処か…気づいて、しまっているんだ。
…この"恋"という名の疼きに。
けれど、これは僕とオマエの賭けだから。
どちらがこんな茶番を始めようとしたのかは分からない。
僕自身も、馬鹿らしいと思う。
けれど、…退屈しのぎくらいにはなるのだ。
だから、今更止める気にはならない、…止めた方が精神的な"負け"となるのだから。
だから、この疼きは、まだ。
「…認めるもんか」
この恋は、駆け引きでありゲームだから。
互いに既に、堕ちているかもしれない、けれど。
恋愛ゲームに変わりはないから。
…さあ、僕とオマエ、先に折れたのを告げるのはどっち?
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