鬼畜眼鏡

□Signalー愛図ー
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日もそこそこに傾き、辺りが暗くなり始め金色の月が登る秋の夜。

親父がマスターとして営業している小さな喫茶店ロイドにバイトとして働いている俺、五十嵐太一は閉店時間に近づいた為、辺りを片付けていた。

マスターは用事があるといって午後からは出張している。

…アイツ、来なかったな…。

ベルの鳴らないドアにふと視線を移すが来客を報せる合図はみられない。

…アイツが、今日誕生日の恋人の仕事が、忙しいことは分かっている。

相手は社会人、それもそれなりに地位の高い所にいるような人間で、自分はミュージシャンになる夢を必死に追いかけているただの大学生で。

だから、忙しいから来れないとは分かっている。

けれど、「今日は行ける、だから待っていろ」とアイツは言ったん
だ。

…そして今。

あと数十分で本日の営業時間の終わりを迎えてしまう。

来れないなら来れないなりに連絡の一本くらい寄越してくれたらいいと思うんだけどな…。

仕方ねぇか。

何処か冷たいドアから視線を外して、そしてテーブルを拭き始めれば閉めているはずなのに店内に微かな夜風が訪問した。

不思議に思いドアに再び視線を移すと、今日誕生日の恋人がいた。

来てくれて、嬉しいと思うのに薄く開いた唇からは「…来るの遅ぇじゃん」と子供のような態度を含むものが飛び出してしまった。

「すまない。…そんなにすねるな太一」

アメシスト色の目を優しげに細める恋人に不覚にも胸が高鳴って「すねてなんねぇよ」と言いながら目を逸らせば頭を白い掌で撫でられた。

「…誕生日、おめでとう。御堂…」

見上げながら小さく紡げば頬に手を添えられて唇に触れるだけのキスが送られた。

「…これ、プレゼント」

口付けに微かに赤らめながら少し離れ冷蔵庫から「HappyBirthday」と書いたチョコレートのプレートを乗せたケーキを取り出し皿に装って、紫色の恋人に渡した。

「ありがとう、太一」

前髪を掻きあげられながら、晒された額に口付けを落とされた。

そう、これは次には唇に口付けが落とされる愛図。

口付けが予想通りに落とされて見上げれば紫の瞳には欲情が湛えられていた。

それに応えるように腕を自分より背の高い首に回して唇に弧を描けば情事の始まる愛図が行われた。

言葉はなくても、愛図をすればアイツに気持ちが少しばかり伝わって。

だから俺は、大切なアンタに愛図を送る。

「御堂、愛してる」

どこか温かくなった店内には甘い愛図が響いていたー…。
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