鬼畜眼鏡
□深海のように、深く愛し
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銀色の月が空に美しく輝く時刻。
オレ、佐伯克哉は今日(こんにち)新しい歳を一つ重ねた愛しい人を待っていた。
冷めていても美味しく食べれる料理を食卓に並べ、火を灯していない淡い桃色をしながら微かに薔薇の香りを匂わせるキャンドル中央に置いた。
プレゼントが入っている小さな箱は置かないで、そっとポケットにしまっている。
秒針の、時を刻む音が静かな部屋に響く度に心臓が緩やかに揺れて、身体に小さな熱を灯した。
今か今かと、まるでご褒美を待つ子供のように思う自分自身に苦笑いを溢しながら時計に視線を移すと、後数十分で愛しい人の帰ってくる時刻に思わず頬を緩ませる。
プレゼントの箱が指先に触れ、胸がじんわりとあたたかくなるのを感じて。
窓から覗ける漆黒の空に輝く大きな月を見上げ、窓を開けると少し肌寒く感じる夜風が身に染みり、夏も過ぎたなと一人物思いにフケていると鍵を開ける音が聞こえて玄関の方に向かうとスーツに身を包んだ愛しい人の姿が窺えて「おかえりなさい、孝典さん」と声をかけた。
「あぁ、ただいま克哉」
アメシスト色の瞳を細めて、柔らかな笑みを浮かべる愛しい人に「ご飯できてますよ」と笑うと「ではいただこう」と綺麗な笑みがオレに向けられた。
「では先にリビングに戻っていますね」
後はあたためるだけで食べられる段階まで作っておいた料理をあたためて運ぶだけ。
オレはソファーで寛ぐ愛しい人に心を踊らせながら料理を食卓に並べた。
テーブルの側にある椅子に座り、料理の脇に奮発して買った赤ワインのビンを置いて愛しい人に声をかけると「ありがとう」と微笑まれてまたしても心を踊らせながら、向かい側に座った愛しい人に「お誕生日、おめでとうございます」と優しい紫の瞳を見つめ紡いだ。
…なんだかこうして向かい合っていると3年前に冷たいホテルの中朝を迎えて、向かい合って食べた温かいオムレツがなつかしく、感じて。
…あのときは、彼と一緒にいるのが辛くて、苦しくて、たまらなかった。
けれど、今は……たまらなく嬉しくて…幸せで仕方がなくて。
こうして傍にいて、たわいもない会話をするだけで、心が満たされて。
思わず笑みを溢すと「どうした?」と尋ねられた。
「いえ、なんでもないです。
…孝典さん、…この世に生を受けてくださりありがとうございます」
穏やかな気持ちで微笑み、褐色のコルクを開けてワイングラスに注げば、グラスの半分が鮮やかな李色に染まり、奮発しただけあるのかとても芳しい香りが漂った。
二人分注ぎ、片方を愛しい人に渡して静かに乾杯をした。
ほんの少しだけ口づけて李色の液体を口に含むと鼻に芳しい葡萄の香りが抜けていった。
…これなら、大丈夫。
一応試飲をしたが、改めてそう実感し胸の内でホッと一息をついた。
「…ワイン、なかなかのものだな。ありがとう、克哉」
唇をそっと離して、愛しい人がふわりと柔らかい笑みを浮かべて優しい声でオレの名を紡いだ。
頑張って探して、奮発もした甲斐があったな、などと思いながら「ありがとうございます」と微笑んだ。
ふと目にまだ火を灯していないキャンドルに気付き、マッチを取りに行こうと立ち上がれば、腕を引き寄せられてギュッと後ろから抱き締められた。