鬼畜眼鏡

□瞳を閉じて貴方を想う
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ー深い深い闇の中に佇むビルを後にした、20台半ばの男の影がそっと帰路に向かう。

夜の都会の道を歩む影ーー「克哉」は、冬特有の乾いた冷たい風を浴びながらすらりと伸びた長い足を歩ませた。

きらびやかなネオンの光に照らされる彼の端整な顔の輪郭は夜の闇に一層映えた。

夜の街はどこか、淋しい。

思考に沈んでいると、脳の琴線に音色が伝わり、響かせた。

夜の街に澄みわたった、バンドなのであろうベースの低く、けれど澄んだ音とギターのこの冷たさとは反対のあたたかさを滲ませた音色が合わさり、夜の街に光が降り注いでいるように思わせた。

ーーもっと、聴いてみたい。

いつもは抱かないようなことを思い、音の生まれた場所へと足を運んだ。

目の前に広がる光景に、陶然としてしまった。

ゆったりとした曲は、バラードとはまた違った穏やかさを持っており、街の人々の心に優しく浸透をしていきそうで。

しかし、街を行く人々は足を止めるどころか耳を傾けることさえもしない様子で忙しなく夜の闇に消えていく。

ぴたりと足を止め、夜の闇のなか一曲を紡ぎだしている、名も知らない大学生くらいな五人の姿に、克哉の口元がそっと綻びた。

優しさと、切なさ、静かさを滲ませた舞台に、深みのある甘く低い声という名のボーカルが壇上にあがり、旋律を物語を紡ぐ。

内容は、恋人への愛しき想いと相反する不安、切なさが綴られたラブソングだ。

ーーふ、と。

脳内に、愛しき恋人の姿が浮かんだ。

自分より4つ程年下の、同性の恋人。

内面の明るさを象徴するかのように眩しく輝く、橙色の髪。

自分を真っ直ぐに見つめる、甘さを滲ませた優しい蜂蜜色の瞳。

聴く人を魅了してしまうような、甘さの中に男らしさを秘めた"心臓に悪い"声…。

今は「トップミュージシャン」と名の知れた彼も、過去にはこのバンドのように路上で一生懸命に夢を追っていたのだろうか?

見てもいないのに、脳内には今よりも少し幼い恋人が懸命に夢を追う歌を紡いでいる姿が鮮明に描かれる。

きっと彼らのように、立ち止まる人がいなくとも夢を追う歌を紡いでいるのだろう。

ただひたすらに、懸命にー…。

唇が自然と弧を描く。

ーー瞳を閉じ、貴方を想う。

今おそらくバンド仲間と飲みにいっている愛しき、貴方を。

夜の都会の街の中、過去に似た貴方を見つめ、現在(イマ)の愛しき貴方を見据える。

夜の闇の中、克哉はたくさんの命が散りばめられている天を仰ぎ、唇にそっと弧を描いた。

ーー瞳を閉じて貴方を想う。

この募る想いを、貴方に、伝えたい。

大好きな、大好きな貴方にー…。

克哉は、夢に溢れた歌を紡ぐ彼らに軽く会釈をし、夜の街を歩んだ。

愛しき貴方に、会うために。

いつでも、どこでも、貴方を想い、捜している。

ーそっと瞳を閉じ、貴方を想う。

克哉は再度、漆黒の天を仰いだ。

空に輝く数々の命が克哉の幸せを願っているかのように、夜空に輝いていたーー。



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