Novel parallel

□棘に射抜かれた心
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《雷の国》王宮。


何時でも騎士団が飛び立てる様に大きく作られた窓から顔を覗かせている黒い少女がいた。
闇色の瞳に闇色の髪、騎士団の証である黒い軍服を身に纏っている少女、神尾アキラは窓から城内を見渡している。






『見っけ!』






そして目的の人物を見付けた途端人形のまま棘の様な鱗に覆われた翼を背中から生やすと、一直線に飛んで行く。
神尾が向かう先には黒い彼女とは対照的な白いドレスに身を包んだ少女が庭で花を摘んでいた。
風を身体に纏わせながら急降下し翼に抵抗を付けて少女の側に着地する。






『一人で出歩いちゃダメだってば杏ちゃん!』



杏「だって詰まんないんだもん」



『詰まんないって、一国の姫君が何言ってんだよぅ!』



杏「生まれつき姫君だった訳じゃないもーん!」






白いドレスが皺になるのも厭わず地面に座っているのは《雷の国》龍王橘の実妹であり雷の国の姫、橘 杏だ。
杏は三年前まで神尾達と共に庶民として過ごしていた為、城の中で大人しく等していられなかった。
龍の寿命は千年だと言われており人間を遥かに越えた歳月を生きる龍にとって、たったの三年で今までの生活から180℃違った王宮の生活に慣れる事は難しい。
加えて、杏が活発な性格をしているので尚更姫≠ニしての生活は窮屈極まりない事だろう。






『そんなこと言わずにさ、部屋に戻ろうよ』



杏「部屋にいたって暇じゃない」






杏のこの言葉を毎日の様に三年間聞き続けている神尾は押し黙る。
百年近く杏の親友として付き合って来た神尾は、杏が活発な性格でジッとしていられないという事を嫌と言うほど知っていた。
この三年の間にも杏は何度か城を脱走して森や泉に出掛けている。
その度に、橘や神尾を筆頭とした騎士団が総出で杏を捜索するのがお約束のパターンとなっていた。






杏「あ〜あ、渓流下りした〜い」



『やめてよ、俺が怒られる…』



杏「私一人じゃ城を脱け出しちゃいけないんだよね?」



『え、うん…』






そう杏が言った時、神尾は何だか嫌な予感がした。
杏の要望で特注した軽く動き易い素材の白いドレスが風に靡く。
そして、杏がニッコリと笑い。






杏「アキラちゃんも一緒に行きましょうよ!渓流下り!」



『ええっ!?』



杏「護衛付きなら文句は無いんでしょ?なら良いじゃない」






確かに姫≠ェ単身で城外へ出るよりは護衛が付いている方が何倍も良いだろう。
しかし、何倍もマシであるだけで一国の姫が王龍の目を離れるのは決して良い行いでは無い。






杏「じゃ、先に行ってるね!」



『ま、待って!ストップ!』



杏「じゃあねー!」



『ええ、ちょ、杏ちゃーん!』






瞬時に龍の翼を生やした杏が飛び立ってしまえば神尾の行動は一つ急いで杏の後を追うのみだった。
飛龍の杏とは違い風を身に纏って飛ぶ神尾は小回りは効かないが、直線に進む速さは音速を越える。






『待ってってば!』



杏「相変わらずアキラちゃんは速いね」



『うー、絶対橘さんに怒られる』



杏「怒られる時は一緒ね」






瞬く間に追い付いた神尾は杏の横に並んで飛行を安定させた。この時点で城からかなり離れている。
杏の気が済むまで遊んだら急いで帰ろうと心に誓い、帰ったら待ち受けているであろう主君の折檻に恐怖しながら神尾は渓流の流れる峡谷に向かって飛んで行った。







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