Novel short

実家に帰ります
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※合同合宿中に大喧嘩する赤観♀








それは、夕方に起こった。


事の始まりはほんの些細な事だが塵も積もれば何とやらで、観月の小言に堪えきれなくなった赤澤が反発したのが原因だろう。
炎天下の中で過酷な練習を熟して身体的にも精神的にも疲労していたのが悪かったのだ。

だから、何時もは言わないような言葉が口から出てしまった。






「あ〜もう!グチグチうるせぇんだよ!!」



「な…!貴方がミスをしなければ私だって黙ってますよ!」



「誰かに迷惑かける訳じゃねぇんだから良いだろ!」



「それは貴方のミスが誰かに迷惑をかける前に私がフォローしてるからですよ!」






赤澤がミスを起こすのは珍しい事ではなく、観月が赤澤をフォローするのも珍しい事ではない。
勿論、ルドルフの人間は陰ながら赤澤を支える観月の存在も働きも知っている。
それは当事者である赤澤も例外では無く、むしろ観月の働きを一番知っているのに。






「そんなの勝手にお前がやったんじゃねぇか!!余計なお世話なんだよ!!」






赤澤が怒鳴った瞬間、今まで事の成り行きを静かに見守っていた周囲が凍り付いた。
怒鳴られた観月は大きな瞳を更に大きく見開いて硬直している。
そこで、流石に言い過ぎではないかと感じたルドルフの面々が二人の仲裁に入った。






「言い過ぎっスよ部長!」



「元々は赤澤のミスだしさ」



「ほら仲直りするだーね!赤澤も余計なお世話なんて本心なはずがないだーね!」






比較的に観月より感情的になっている赤澤を宥めにかかるルドルフだが、別名《1500Wの電子レンジ(すぐ熱くなるから)》こと赤澤に冷静さなどあるはずもなく。
むしろ部員達が観月の味方をしているのが気に入らず、裕太の背に庇われるように立っている観月に目を向けた赤澤は、感情のままに叫んだ。






「本当だよ!!俺は一度も観月に感謝なんかした事は無ぇ!!」



「!」



「何かにつけて口煩く言われて!いい迷惑だ!」






それは、まるでスローモーションのようだった。
瞳が大きく揺れたかと思ったら、普段は気丈をたたえている観月の表情がクシャリと歪んだ。
そして、観月はそれを隠すように俯いた。
しかし、数秒も経たない間に俯いていた顔は上げられ、その表情を見た赤澤は息を呑んだ。
観月の表情は、普段の気丈なものではなく、だからと言って情けなく歪んでもいない。
何かを押し込めたような無表情だった。






「そう、ですか……私のしてきた事は貴方にとっては迷惑だったんですね」



「ぁ、その……」



「貴方の思いは分かりましたのでもう何も言わなくて良いですよ。ご迷惑おかけしてすみませんね、もう二度と何も言いませんので安心して下さい」






赤澤に口を挟む隙を与えずに言い切った観月は淡々とそれだけを告げて踵を返した。
肩口で揃えられた軽くウェーブのかかった観月の美しい髪が彼女の動作と共にフワリと舞う。






「観月さん!?何処に…!」



「自室に戻らさせて貰います」



「いや、あの…!」



「私と赤澤部長≠ヘ顔を合わせない方が良いでしょう。それに…少し一人になりたいので、暫くは誰も部屋に近付かないようにして下さい」






無表情のまま最悪まで言い切った観月は硬直している周囲を尻目に颯爽と優美に広間を去った。
暫くして意識を取り戻した自校と他校からも責められた赤澤は素直に自分の非を認め、謝罪をする為観月の自室へと送り出された。






「あー…観月?話がしたいんだが入っても良いか?」






赤澤が扉を叩く音が廊下に響くがそれ以外に音は無い。






「なあ、いるんだろ?頼むから話を聞いてくれないか?」






赤澤が何度扉をノックしてみても部屋の主から返答は無かった。
初めは寝ているのかと思ったが、赤澤と廊下の角から見守っていたルドルフの面々は段々と違和感を感じ始める。

ルドルフの人間なら知っている事だが、観月は神経質である。
普段、少しの物音でも目を覚ます彼女がこれだけ声を掛けても反応を返さないのは変だ。
故意に反応を返していないという可能性もあったが、何故か赤澤は胸騒ぎを覚えた。






「観月…?開けるぞ…」





あの観月の事だ、鍵を閉め忘れる筈が無いのにドアノブはガチャリと音を立てて開いた。
一気に不安が競り上がる赤澤。

明かりの着いていない室内は深い闇に染まっており、それが更に赤澤の不安を煽る。
僅かに差し込む月明かりのお蔭でなんとか見えた室内に観月の姿は無く、合宿に持って来ていた筈の鞄も無くなっていた。






「おい観月!いないのか!?」






声を張り上げるが物音一つせず、いつも赤澤が大声を上げるたびに叱咤していた観月の声が無い事が赤澤に虚しさを与える。
あんなにも煩わしいと思っていた彼女の小言が無いだけで、世界はこんなにも変わるのだろうか。
胸にポッカリと穴が空いたような感覚とは正にこういう事なのだと妙に冷静な思考の端で考えながら赤澤はフラッと廊下に出た。
漸く部屋から出てきたかと思えばらしくない感傷に浸ったような、無表情に近い表情で出て来た赤澤に違和感を感じたルドルフの面々が急いで駆け寄って来る。
どうしたのか、何かあったのかと口々に訊ねられた赤澤は、ボソリと生気の薄い声で呟いた。






「観月が、出てった……」



「は…?」



「観月の荷物も、何も無かった」



「それじゃあ…、まさか!」






ハッとした表情を浮かべた彼等の目を真っ直ぐに見据え返しながら確信めいた口調で強く肯定する。





「山形に帰ったんだと思う」






息を呑んだのは誰だったか。
廊下には重い沈黙が落ち、言葉を失って立ち竦むルドルフの面々が赤澤に視線を向けていた。
それは判断を委ねるものもあれば敵意とも取れるような責める視線も混じっている。
だが、皆同じく赤澤に判断を託している事は変わらない。
どのみちこの件を解決できるのは元凶の観月と赤澤本人なのだ。







「赤澤、どうするんだーね」



「速くしないと間に合わなくなりますよ…」






部員全員に判断を託された赤澤は刹那の迷いも無く決断を下したのだった──────……。







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