無N

□妻の憂鬱
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「…あれ?伏犠さん」


買い物から戻るとドアの前で伏犠が座り込んでいた。三蔵の声に顔を上げると子犬の様な瞳ですがってくる。


「さ、三蔵…!」
「どうしたのこんな所で!寒かったでしょ?」
「……ぐすっ」
「?」
「…頼むー!」
「きゃっ」

伏犠は三蔵の腕を掴む。

「今晩、儂を泊めてはくれぬか?!」
「な、なにがあったの?」
「いや、その、女カと…喧嘩してな。追い出されてしもうて…」

一連のやりとりを思い出したのか、一度身震いするとがくりと俯いてしまう。そんな伏犠を見て三蔵は微笑んだ。


「うん、分かった!是非泊まっていって!」
「!」
「明日、一緒に謝りに行こ?」
「…さ、三蔵ぉ…すまぬ…!」


ずびすびと鼻水を啜る情けない男を部屋の中へと連れ込んだ。


「晩御飯作るからゆっくりしててね!」
「うむ!」


買い物袋をキッチンへ持って準備し始める三蔵の背中を見送って伏犠はリビングに視界を戻す。

部屋は全体的にポップだが統一感があり、三蔵の性格がよく現れていた。趣味なのか、カラフルな二人掛のソファやその他至る所に人形が置かれている。よくあの悪餓鬼がこれを許したものだと伏犠は苦笑い。

これまた可愛い炬燵の中に足腰を突っ込みテレビの電源をつけた。




「ただいまぁ」


バタンと乱暴な扉の開閉音の後、気だるい声を響かせながら悟空が帰ってきた。

「あーさみぃさみぃ」

制服のままリビングへ入ると、思いもよらぬ先客にぴたりと動きを止める。

「……は?」
「おう悟空」
「は?!」
「学校楽しかったか?」
「いやいやいやいや」

ずんずんと歩み寄りにへらと笑う伏犠に牙を剥く。

「な、ん、で、じじいが居んだよ!」
「じ、じじいじゃないわ!」
「じじいだろーが。…てか学校楽しかったか?じゃねーよ!誰だよ!」
「まぁそう怒るな」
「うっぜ!」

乱雑に学ランと靴下を脱ぎ捨てると炬燵の中に滑り込む。しかし男二人でくつろぐにはその炬燵は小さすぎて、ぶつかり合う足に悟空は眉を潜めた。

「伏犠。水虫が移んだろ、足出せ」
「なっ…誰の足が水虫じゃ!儂かて寒いんじゃ!二時間も外に居たんじゃぞ?!」
「はぁ?!…そうだよ、だからなんで居んだって!」
「……」
「…また喧嘩したのかよ」
「好きでしとるんじゃない…ぐすっ」
「な、泣くなよ」

「お待たせー!」

コンロに続けグツグツと煮えた鍋を持って三蔵がリビングへ入ってきた。

「うっひょー鍋だ!」
「お帰りなさい悟空」
「ただいま!早く食いましょーよ」
「うふふ」
「旨そうじゃな」
「じじいつめろよ、お師匠様狭いだろ」
「おお、すまん」
「大丈夫だよ。さあ食べよーっ」
「肉ー!」


三人は一斉に鍋をつつき黙々と食べ始める。すると思い出したように三蔵が言った。


「伏犠さん、どこで寝ようか?」
「ぶっ」

悟空は吹き出す。

「げほっ…え、今、え?!」
「今日伏犠さんを泊めることになったの」
「はぁあ?!なんで?!」
「女カさんに家から出されちゃったんだって」
「…それでウチに助け求めたのかよ?馬っ鹿じゃねーのお前!」

睨み付けながら伏犠の皿にある肉を盗み食う悟空の皿に、三蔵は黙って野菜を投入。

「御主らしか頼る者がおらん」
「太公望の坊主がいんだろ」
「あいつが儂の味方につくと思うか」
「思わねぇ」
「…今晩だけだから怒らないで泊めてあげよ、悟空?」
「……」

にこりと微笑まれて何も言えなくなってしまった悟空は締めの棊子麺をちゅるりと吸ってそっぽを向くとぬいぐるみと戯れ始める。


「伏犠さん寝室使っていいよ」
「…え?!」
「は?!」
「私はソファで寝るから大丈夫!」
「お師匠様がそんなことする必要ないっすから!」
「そ、そうじゃ!恐れ多いわ!」
「いいよいいよ」
「よくねぇ!いいんすか?布団に加齢臭つきますよ?!」
「なんじゃとー?!」
「てゆーか俺が嫌だ!伏犠なんかと一緒に寝たくねぇ!」
「儂だって!」
♪ぴぴっ
「あ、お風呂沸いたから伏犠さん先にどうぞ!」
「「聞いてねーしっ!」」


三蔵は楽しそうに寝室へ入ると伏犠の着替えやタオルを勝手に持って戻ってくる。

「はい!悟空が中学生の頃のジャージだけど…入りそうだから使って!」
「…何から何まですまぬな!」
「俺の…ジャージっ」

踞る悟空を他所に伏犠は三蔵にペコペコ頭を下げながら風呂場へ向かった。



「あーいい湯じゃったなぁ」
「次悟空ね」
「…じじいの後か…嫌だぜ…」

渋々重い腰を上げ歩き出す。

「…?」

しかし悟空は伏犠とすれ違い扉を開ける前に立ち止まると眉間に皺を寄せた。

「伏犠…お師匠様のシャンプー使ったろ!」
「ん?」
「あれ女用だぞ!…しかも廊下びしょびしょだし!?ちゃんと拭けよ!」
「すまんすまん!」


うきーと怒りながら風呂に入ると悟空は唖然とした。

「…まじかよ」

風呂の蓋は開けっ放し、桶は引っくり返り、シャワーヘッドからは水が滴り落ちていた。


「そりゃ女カもキレるわ…」



【 妻の憂鬱 】


「ぐがーぐおー」
「イビキ、うるっせーし…!」
「女カぁ」
「〜助けてくれお師匠様っ」


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