無N2

□子供なりに足掻いてる
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※悟空高1、三蔵高2




ガタンと長机が動いた。
下卑た笑みを浮かべ迫る男に三蔵は後ずさる。


「いいだろ、なぁ?」
「先輩、部活に戻りましょうよ…!」


この男に言い寄られるのは今日だけじゃない。何度もあった。その度にやんわりと断ってきたのにも関わらず、その優しさに漬け込んで(馬鹿なだけかもしれないが)男は諦めない。

三蔵自身、この先輩が嫌いなわけではなかったがどうもこの様な頭の軽い男は受け付けない。というより、分け隔てなく全ての人間が好きな三蔵に『男』と意識させるのは容易ではなかった。


「俺…今回は本気なんだよ」
「でも私…」
「彼氏いるの?」
「いませんよ。でも…」

「好きな奴?」

一瞬、表情が強張った。男は目を細める。

「いるんだ…そうか」
「……」


脳裏に浮かぶ一人の後ろ姿。


「誰?」
「え…?」
「俺の知ってる奴?何年?」
「それは、言えませんよ」
「…ふーん。ま、いいや。関係ねーし」
「っ!」


男はまた一歩近付いてきた。距離をとろうと下がったが三蔵の太股と机がぶつかる。
逃げられない。


「忘れさせてあげるよ」
「?」
「…君みたいな子に好意持たれてるってのに気付かないなんて…」
「いえ別に…」
「というよりも、君と出会って虜にならない時点でそいつは男じゃないね」


極上の口説き文句。普通なら赤面するようなその台詞だったが三蔵は青ざめた。

(……嫌、この人…)

それどころか怒りに似た感情が沸く。
想いを寄せている大切な人を馬鹿にされた、そう思った。

純真で穢れを知らない彼女にとってそのような気持ちになるのは初めてだった。


「彼のことを知らないのに、そんなこと言わないで!」


整った眉を潜め可愛らしい口から怒りの言葉が飛んできたことに、男は目を見開く。
しかしすぐに表情を緩めた。


「…じゃあさ、ソイツ、君にどんな態度なんだ?」
「え…?」
「君が笑いかけて優しく接しても、反応はどうなの?」
「……」

三蔵は唇を噛んだ。


一つ下の後輩、入学当初から傷害事件を起こした問題児。陸上部に入部してからもそれは変わらない。
始めはマネージャーとして世話を焼いていたが何時しかそれは役職を超えた特別な感情になっていた。
血の気が多く乱暴で、発せられるのは罵倒の言葉。しかし、根気よく付き合っていく内に分かった男の本性。
敵視するのは無闇に人を傷付けない様に見極めるため。手を出すのは相応の相手だけで弱い者虐めは絶対しない。そして、恩義に熱いこと。
時折見せる優しさに三蔵は心を奪われたのだ。

極めつけは、その後輩が友人の妲己と話しているのを見かけた時。嫉妬している自分がいた。


少しずつ心を開いてきてはくれているものの態度は相変わらず素っ気ない。
好きだと気付いたからこそそれが切なかった。


「……」

俯き黙りこむ三蔵に男は口角をあげた。その細い顎を掴む。

「ほら、やっぱりな」
「……っ」
「俺なら悲しませたりしないよ。いつまでも笑顔にさせる自信がある」
「!!!」


いきなり腰を抱かれる。驚いた三蔵が離れようと腕を突っぱねるがびくともしない。

(嫌だ、嫌だ!)

肩が震える。鳥肌がたつ。

(触らないで…!!)


「離して下さい!」
「…君も強情だな。俺にしとけって!」
「嫌!…誰か…!」
「はは、無駄。鍵閉めたし?」
「?!」
「先に体で頷かせてやるよ!」
「ひゃっ!?」

遂に男の手がシャツの中へ滑り込んできた。

「い、いやぁー!!」


バキャッと激しく扉が蹴破られる。驚いて二人は振り返った。

(ーーーご、)


上げていた右足を下ろす。ズボンのポケットに手をつっこんだままズカズカと歩み寄ってくる。


「な、なん…!」

次の瞬間、男の体は床に転がっていた。反応出来ない程速い蹴りだった。

「げほっげほっ…!!」
「……」
「うぐっ!?」

蹲る男を更に蹴りつけ壁に激突したところで相手の長い前髪を掴む。腕を引く悟空。男の血の気が引いた。

「ま、待っ…?!」
「待たねぇ」
「がっ…!!」

悟空の右ストレートが頬骨を打つ。


「はぁっ…はぁっ!」
「……」
「…て、てめぇこの一年坊主…!こんなことして…タダで済むと思ってん、のか?!」
「…は?」

悟空の冷たい瞳に貫かれる。それに加え口端は上がっている。

「…あんた、それまじで言ってんの?」
「…え?」
「ははは。先輩の走るフォームより面白いっす」
「!!」
「…ホントはこんくらいで止めてやろうと思ったけど…まだ殴られ足りないみてぇだ」

男の体が跳ねる。

「クズ野郎が」

ボキリ、と鳴る鈍い音に続いて響く男の叫び声。ドロドロの血が飛び散った。


「う、うあ…ぁ…!!」
「床に顔付けて謝れよ、あんた」
「…ぅ、…」
「ほら、やれよ」

「……」

男に反応はなかった。失神している。


「…ちっ」

相手を投げ捨てると立ち上がった。ふと視線だけを女に向ける。

「ーーー」

三蔵は踞って泣いていた。


(…見られた、悟空に、悟空に…!)


初めて好きになった男にだけは決して見られたくなかった。恐怖や羞恥で顔が熱い。

(軽蔑、された…もう、何もかも…!)


立ち止まっていた悟空だったが、何も言わず歩き出してしまった。

しかし、


「…お、お前達…これは一体どういうことだ!?」


部室の外に集まっていたのは教師達だった。



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