無N2
□夏の君にまた恋をした
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「お待たせ…!」
待ち焦がれていた声に振り向くと悟空は息を呑んだ。
白地に淡い桃色の薔薇が散りばめられ、それを濃紺の帯が上品に纏めている。サイドへ三つ編みにした前髪を留める花と帯飾りは柄と同じく揃えたピンクの薔薇。
その総てが色白の三蔵と一体化し、儚くも華やかな美しさを醸し出していた。
「……」
悟空は思わず扇いでいた団扇を手放す。開いた口は開きっぱなしだ。
「ご、悟空?」
意識を引き戻し団扇を拾うと慌てて口許を隠した。にやけが止まらない。
(…まじ、あぁ…もう最悪…)
「…ごめんね、そんなに待った?」
「え、いや、全然」
「それならよかったぁ」
「……」
「悟空、」
「な、なんすか」
「悟空の浴衣姿、素敵だよ!」
「…え?は?!」
「渋めの色でもやっぱり赤が似合うのね!凄くかっこいい…!」
「や、やめてくださいよ」
小さく舌打ちする。自分も素直に誉められたらいいのに。
「…行きますか」
「うん!」
黙って歩き出すと三蔵に裾を掴まれる。
不思議に思い振り返ると眉を潜めていた。
「どうしたんすか?忘れ物?」
「…手、今日は…繋いでくれないの?」
「…!」
正しく絶不調。彼女の浴衣姿に頭が全く回っていなかった。急いでその小さな掌を握る。
「すんません、ぼーっとしてて」
「大丈夫?」
「はい。行きましょ」
相手が頷くのを見て悟空は歩き出した。
割りと有名な祭のため人は多い。出店が並ぶ大通りへ着くと既に大勢の人で一杯だった。
それは誰しもが心踊る光景だったが三蔵の表情は曇っている。そしてついに立ち止まった。
「…?」
「悟空、変だよ」
隣の男は道中ずっと上の空だったのだ。
「…お祭り…嫌だったの…?」
「え…?」
「だって…悟空…」
辺りの光がボヤける。はっと気付いた悟空は三蔵を引っ張り脇の通りへ連れていった。
人がいないのを確認するとしゃがみこんで三蔵と視線を合わせる。三蔵は泣いてこそはいなかったがその大きな青い瞳からは今にも雫が零れ落ちそうになっていた。
「せ、先輩…!泣かないで、どうしたの?」
「…全然楽しそうじゃないから…ホントは来たくなかったのかなって…」
「そんなわけないでしょ。…結構楽しみにしてたんすよ?」
「じゃあなんでそんなに…!」
「…っ」
悟空は口をつぐんでしまう。
楽しくないはずがない。戸惑っている理由は至極簡単で、単純だ。しかしそれを言えるはずもない。
「いや、だから…その」
「…嫌なら…帰ろ?」
「嫌じゃないっす!まじで!」
「……」
「…あーもう!分かった!言うよ!!」
「…?」
「照れてたの!!先輩に!」
「え…?」
「その、浴衣!…なんつーか、むっちゃドキドキしちゃって…」
「……」
「い、言わすなよこんなこと!まじ恥ずかしいわ…!」
赤い顔を腕で隠しそっぽを向く。しかし三蔵は静かに抱きついてきたものだから飛び上がってしまった。
「せ、」
「ばかばか…悟空のばか!」
「…すんませーん」
「ああ、よかった…」
安堵のため息を吐く三蔵の首筋を撫で上げると悟空は笑う。
「先輩とならどこへだってお供しますよ、喜んでね」
「ありがとう…!」
「…教員室以外なら」
「あはは!」
二人は微笑み合うと騒がしい通りへと戻っていった。
* * *
「悟空はなに食べたい?」
「焼き鳥と焼きそばとチョコバナナとラムネ。ああ、あとフランクフルト」
「ふふ…食いしん坊だね」
「食べ盛りなの!先輩は?」
「私は…わたあめとりんご飴…かき氷と…」
「甘いもんばっか」
「うん、だから焼きそば私にもわけて?」
「…まーたそう可愛いこと言って…」
人混みの中、はぐれぬ様ぎゅっと手を繋いだ二人は店を転々とし、目当てのものを買っていく。
終始、三蔵へ向けられる熱い視線に悟空の嫉妬が収まらなかったのは言うまでもないが、頑なに離れようとせず腕に抱きついてくる彼女に安堵の微笑みを溢した。
ふと顔をあげるとキラキラと光る出店が目についた。おもちゃだった。
「……」
群がっていた子供達がはける。
「…先輩」
「ん?」
「指輪買ってあげよっか」
おもちゃだけど
そう付け加え顔を覗き込むと、三蔵は少女の様な笑顔で頷いた。
「いらっしゃい」
「好きなの選んで」
「うん…!」
ズラリと並ぶ可愛らしい小さな指輪。三蔵は一つずつ眺めていく。その間、悟空は先に小銭を手渡す。
「まいど!可愛い彼女だね〜!」
「おっさん…口説くんじゃねーぞ」
「はっはっは!」
「悟空」
袖を引っ張る三蔵に振り返る。
「決まった?」
「うん、これ!」
「悟空のあか!」
ハート型の赤い石が施された金の指輪を悟空の目前に突き出した。
「…!」
「えへへ」
悟空は男に軽く頭を下げると黙って三蔵の手を引っ張り大通りから抜け出した。
二人きりになると、目を吊り上げて言う。
「先輩…あんま可愛いこと言うなよ」
「え…」
「折角今回は俺が喜ばせよーとしたのに」
訳が分からず顔を見つめていると指輪を奪われた。そして悟空は小さな白い手を掴んでそのか細い薬指にそっとはめる。
「先輩、好きです。だから…ちゃんとした指輪をあげるまで、待ってて」
「…!!」
「その時までずっと、俺のこと好きでいてね」
【 夏の君にまた恋をした 】
「…今日は泣いてばっかね、私」
「へへ…すんません」
「私が好きなのは、これからも…ずーっとずっと!悟空だけよ」
「俺も」
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