一話完結
□慈雨を求めず好天を欲す
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「武田勝頼、か……」
織田信長がぽつりと呟く。徳川家康は軽く首を傾げると、信長に問うた。
「何か思うところが?」
「いや、まぁな」
一度言葉を切るとどかりと椅子に座った。背もたれが付いた南蛮の椅子に寄りかかりながら、足を組む。
「武田信玄といえば甲斐の虎などと呼ばれ、名の知られた大名だった。少し知られているどころではない。おそらく薩摩の人間ですら知っているだろう」
「……そうですね」
「そんな父親を持ってしまった勝頼は何を思う? まぁ、勝頼は側室の子供らしいがそれでも武田信玄の血を引いている」
信長はため息をつくように呟いた。
「この戦。武田に勝ち目は無いな」
「……文に繋がりが見えませんが」
「それくらい察せ」
んな無茶な。
しかし、家康も似たようなことを思っていた。考えが同じだとすれば、親が偉大故に子供に大きな責任感が生まれるということだろう。やらなければならないという他者からの圧力。そして自分自身の驕り。勝頼にはそれが重なっているように見えた。
「南蛮では親の名声は子供のための虫めがねというらしい。良い意味か悪い意味かはとらえようだが」
「そんな武田勝頼を鉄砲隊で討ち取ろうとしているのは誰ですか」
「鉄砲隊といえどももし雨が降ればこちらの負けだ。火薬や鉄砲が濡れてしまえば使い物にならんからな。通り雨が少しでも降ればこちらが不利になる。しかし、降らなければ」
一度言葉を切った信長を見つめると、やけに楽しそうに口元をゆがめた。
「あちらに運がなかっただけのことだ。そうだろ?」
「……えげつないですね」
「お前も見た目と違い結構言うな」
「行動には起こしませんが言いたいことは言う性質ですので」
「フン、どちらも似たようなものだ」
さて、と呟くと信長は立ち上がる。
「鳶ヶ巣山がどうなるかで今の言葉は考えてやろう」
「……そこは流してくださいよ」
「家臣の策を信用せんのか?」
「まさか。信用してますよ」
家康が肩をすくめて見せると信長は再び鼻で笑う。そして、そのまま歩き出した。
信長のマントが翻る。空は快晴であった。
了
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