一話完結

□祝宴
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「……というわけで、宴を開こうかと思うのです」

「はぁ……」


唐突に言い出したのは上杉の将直江兼続である。彼が言うには今日はここにいる皆の主である上杉謙信の甥、上杉景勝のはっぴぃばぁすでぃなるものという目出度い日らしい。意味は全くわからないが、主の目出度い日というならば祝わなければならない。意味は全くわからないが。


「それで、兼続殿。具体的には何を?」

「まぁ、景勝様を主役として、いつも通りの宴をすればいいです。形式だけですし」

「ですが、兼続殿。景勝様は酒は飲まれませぬが宜しいので?」


ある家臣が恐る恐る挙手し、兼続に問う。彼の言う通り、酒豪の謙信とは真逆で景勝は酒が飲めなかった。否、飲めるには飲めるが、苦手らしい。


「…………さぁ、宴の準備をしますよ」


無かったことにした! とその場の皆は思ったが、兼続はふうと呆れたようなため息をついた。


「おやおや、もしや皆さんは酒が飲みたくないと? 仕方ありませんねぇ。そこまで言うのならば、今日の宴はちゅう……」

「よし、宴の準備に取り掛かりましょうぞ!」


あっさりと意見を皆が変える。つまりはただ酒が飲みたいだけだが。


「それでいいのですよ」


妖しく笑う兼続に気づいたのは誰もいなかった。





「景勝様、ご生誕おめでとうございます」


上杉景勝がいつも通り夕餉を食べるつもりで部屋に入った。が、言われたのがその言葉だった。
ご生誕、とは一体何だ。子供が生まれたわけではないし、最近誰か生まれた記憶もない。


「本日は景勝様、貴方がこの世に生を受けた日なのですよ」

「……そうなのか?」

「はい」


にっこりと笑みを浮かべる兼続に未だ納得出来ない景勝。


「何故、宴の準備を?」

「嫌ですねぇ。景勝様がこの世に生まれたのですよ? 祝うに決まってるじゃないですか」


本当にそれだけなのだろうか。
上杉家臣達はそう思ったが、わざわざつっこむ気は無かった。酒が呑めればどうでもいい。


「さ、宴にしましょう。宜しいですね、殿?」

「……ああ」


その言葉に皆笑みを浮かべる。が、


「ああ、その前に」


兼続の言葉にずるりとこける上杉軍。お笑い芸人か、とそんな言葉もあるはずがなくツッコミは入らなかった。


「入ってきてください」

「はい」


外から声が聞こえ、入ってきたのは真田幸村だった。兼続以外の皆が目を見開く。本来上田にいる筈のこの男が何故越後に。


「ご生誕おめでとうございます、景勝殿」

「……幸村殿、何故ここに?」

「兼続殿に景勝殿を祝うように言われていたのです」


そんなことで幸村を呼んでいいのかと思うが、一時期幸村は上杉に人質としていたので面識はある。そして、兼続とは交友関係にあり仲が良い。故に上杉からすれば家族のような存在だ。……だからといって越後まで来る理由にはならないが。
にっこりと笑む幸村に景勝は少し困ったように眉を寄せた。だが、兼続が平生でいるので特に問題は無いのだろう。
幸村が手を叩くと白と黒の何かが彼の両脇に降りてきた。


「あれを」


その何か──幸村の忍が静かに頷くと煙のように消える。刹那の時間だけ姿が見えなかったが、すぐに彼らは先程のように幸村の両脇に現れた。ただ違うのが彼らの手には箱があるということ。


「生誕を祝う際には何か贈り物をすると聞いたので」


幸村が優しく笑む。一体兼続はどれだけの嘘か真かわからぬことを伝えたのだろうか。


「わざわざありがとうございます、幸村」

「これくらい大丈夫ですよ、兼続殿」


黒い忍、霧隠才蔵に命令し景勝の元へとその箱を渡させる。景勝が軽く首を捻ったので幸村が白い忍、猿飛佐助に説明させた。


「うちの地元の蕎麦ッス。まーまー上手いんで皆さんで食べてください。あ、俺らがすぐに運んだんで傷んではいませんよ」


へらりと笑う佐助に才蔵が小さく鼻で笑う。それを聞き逃さなかった佐助が才蔵を睨み付けた。


「佐助」

「はぁ!? 俺だけッスか!?」

「黙ってろ猿風情が」


才蔵に言われ苛立ちが募るばかりだったが、さらに幸村に何か言われるのは嫌だったので佐助は堪えた。


「三成からは酒も届いてますし、それを呑み終わったら蕎麦でもいただきましょう?」

「……三成ちゃんは来てねぇんだ?」

「上田よりも距離があるし、忙しいんだろ。一々俺から言わせるな」

「っ誰もあんたになんか訊いてないってぇーの!」

「佐助?」


幸村に再び名を呼ばれ、口を閉ざす。それを確認すると幸村は再び景勝の方を向いて微笑んだ。


「申し訳ありませんがこれで失礼いたします」

「幸村も飲んで行って構いませんよ?」

「父に早く戻ってこいと言われているので、お気持ちだけ受け取っておきます」

「……何か、用事があったのか?」


景勝が眉を寄せ幸村に問う。自分のせいで仕事に支障をきたさせるわけにはいかない。そう思ったのだが、景勝の思いとは正反対の答えが帰ってきた。


「いえ、その……越後の酒を持って帰ってきて、早く飲みたいと……」


しん、と室は静寂に満ちた。しかし、それを気にせずに破ったのは兼続であった。


「流石昌幸殿ですねぇ。いくらでも持って帰ってくださって構いませんよ」

「ありがとうございます兼続殿」


幸村は深く頭を下げる。そして二人の忍を伴い、室を後にした。


「さて、と」


兼続は幸村を見送り、くるりと景勝たちの方を向いた。勿論顔はいつものように笑みを浮かべている。


「では、早速飲みましょうか」

「っしゃあああ!!」


皆が歓喜に包まれる。主を軽く無視して家臣たちが飲む準備を始めるのを見て、兼続はわざとらしく肩をすくめた。


「やれやれ、皆さん主役は景勝様だとちゃんと理解しているのでしょうかねぇ」

「………………、」


何か言いたそうに眉を寄せる景勝に気付き、兼続はにっこりと笑んだ。


「いえ、別に構いませんよ」

「まだ、何も言っていないが」

「何が言いたいかは伝わったので。感謝の言葉など要りませんよ。私たちが勝手に景勝様を理由に飲んでいるだけですから」


杯を渡された景勝が皆を見れば、景勝の言葉を待っているようだった。兼続もいつのまにか持っていた。兼続を見れば頷かれたので、景勝は改めて皆を見た。


「皆、今日は私のためにこのような宴を開いてくれて感謝する」

「景勝様、感謝の言葉をきちんと仰ってください」

「あ、あり、がとう……」


口下手な主だがこういうところだけは素直だ。兼続は本当に素晴らしい主に使えることが出来たと思った。


「では、宴を始めよう」


皆高らかに杯を上げた











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